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9.心の傷
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エリファル様の部屋は大変なことになったため、私達は客室に来ていた。
朝食もここに運んできてもらい、とりあえず空腹を満たしてから話を始めることにする。
「……食欲はあるようだな。安心したぞ?」
「……朝から無駄に色々とあったからな」
「一々うるさい奴だ」
接し方の違いはあるものの、エリファル様とフェルド様の会話は昔のようだった。
二人の友情というものは、五年もの空白を経ても変わっていないらしい。
それに安心しながらも、私は少し考える。私とエリファル様の関係は、どうなのだろうかと。
「しかしお前は、どうして床で寝転がっていたのだ? あのような所で眠っていたというなら、それは少し心配になる。ベッドで眠れば良いだろう」
「眠る場所などどこでも変わらん。昨日は疲れていたからな。手近な場所で寝たに過ぎん」
「……お前も色々とあったということか。しかし、今はこうしてこの屋敷に戻ってきたのだ。それならば、それなりの振る舞いは必要だろう」
フェルド様は、私が気になっていたことを聞いてくれた。
エリファル様の寝ていた所、あれはなんとも不可解なものであった。
ただ彼は、この五年間の間にもっと悪い環境で眠っていたのかもしれない。あの床でもベッドでも変わらないと思える程に悪い場所で。
しかしフェルド様の言う通り、ここはもうアーキス侯爵家の屋敷だ。わざわざ床など眠る必要もない。
「戻ってきたというつもりはない。俺は最早死んだ人間だ。昨日は疲労を考えて寝床を借りさせてもらったが、今日の内には出ていくつもりだ」
「え?」
「……」
エリファル様の言葉に、私は驚くことになった。
出て行くつもり、それは考えてもいなかったことである。彼はアーキス侯爵家に戻ってきた。昨日から私は、完全にそう認識していた。
「何を言うかと思えば、馬鹿げたことをぬかすものだ。出て行くだと? ふざけるなよ? ドミラスが逃げた今、誰がこのアーキス侯爵家を守っていく? 残る後継者は、お前しかないのだぞ?」
「……俺はそのような器ではない」
「エリファル様……」
エリファル様は、自分の掌を見つめていた。
そんな彼の目には、なんというか恐怖が宿っている。
それはつまり、昨日言っていたことが関係しているのだろうか。その手が汚れていると、エリファル様は確かにそう言っていた。
「お気になさらないように言うなど、酷なことですね……」
「……っ! いや、俺は別に……」
「しかしエリファル様は、まだ誇りを忘れていらっしゃらない。アーキス侯爵家としての誇りがあるからこそ、それを気にしているのでしょう?」
「……ふん。なるほど、腑抜けた訳か」
私の言葉に、フェルド様はため息をついた。今の言葉だけで、大体の事情を察したのだろう。彼は眉をひそめながら、エリファル様の方に視線を向ける。
「命を奪ったのか?」
「……そうだ」
「……記憶を失っていたと聞いているが、その間の出来事ということか?」
「……そうだ」
「……例え記憶を失っていたとしても、お前が無垢なる者を手にかけるとは思えん。それならば野盗の類か?」
「……ああ」
フェルド様の質問に、エリファル様は短く答えた。
親友である故か、やはりフェルド様は鋭い。エリファル様がどうしてこうなったのか、的確に見抜いている。
だがすごいのは、それを臆せず聞けることだろう。私にはその勇気がなかった。フェルド様のように踏み込まなければ、事態は解決できないとわかっているのに。
「賊の一人や二人手にかけたくらいで、何をうじうじとしているのだ。奴らはこの国にすくう悪逆だ。その命など価値もない」
「それでも命は命だ。俺はそれを奪ったのだ。自らが生き残るために……」
「……ふん、確かにお前がこのアーキス侯爵家に戻ることなど、無理な話のようだな。その程度のことで怖気づくとは笑わせる」
「……なんだと?」
フェルド様の言葉に、エリファル様が彼を睨みつけた。
煽るような口調だったため、流石に頭にきたのだろうか。その感情の動きからは、エリファル様の人間らしさが感じられた。
「我ら貴族は、有事の際にはそういったことも求められるものだ。今は極めて平和だが、争いが起こった時にはどうする? 賊などという下賤な者達よりももっと価値ある命を、我々は奪わなければならないのだぞ?」
「それは……」
「お前は昔から甘い奴だったが、覚悟の類はできているものだと思っていた。それは俺の買い被りだったようだな」
「……」
フェルド様の論理は、私の胸にも突き刺さってきた。
私ももしかしたら、直接的ではなくともそういった決断を下す時が来るのかもしれない。その時のためにも、もう少し意識しておかなければならないといえる。
とはいえ、フェルド様もまだそういったことを経験している訳でもないだろう。
少なくともエリファル様のように直接人の命を奪ったことはないはずだ。私達が想像している以上のものが、そこにはあるのかもしれない。
しかしそんなことは、フェルド様とてわかっているはずだ。それでもその言葉をかけたのは、やはりエリファル様にこのアーキス侯爵家の次期当主として戻って来て欲しいからなのだろう。
朝食もここに運んできてもらい、とりあえず空腹を満たしてから話を始めることにする。
「……食欲はあるようだな。安心したぞ?」
「……朝から無駄に色々とあったからな」
「一々うるさい奴だ」
接し方の違いはあるものの、エリファル様とフェルド様の会話は昔のようだった。
二人の友情というものは、五年もの空白を経ても変わっていないらしい。
それに安心しながらも、私は少し考える。私とエリファル様の関係は、どうなのだろうかと。
「しかしお前は、どうして床で寝転がっていたのだ? あのような所で眠っていたというなら、それは少し心配になる。ベッドで眠れば良いだろう」
「眠る場所などどこでも変わらん。昨日は疲れていたからな。手近な場所で寝たに過ぎん」
「……お前も色々とあったということか。しかし、今はこうしてこの屋敷に戻ってきたのだ。それならば、それなりの振る舞いは必要だろう」
フェルド様は、私が気になっていたことを聞いてくれた。
エリファル様の寝ていた所、あれはなんとも不可解なものであった。
ただ彼は、この五年間の間にもっと悪い環境で眠っていたのかもしれない。あの床でもベッドでも変わらないと思える程に悪い場所で。
しかしフェルド様の言う通り、ここはもうアーキス侯爵家の屋敷だ。わざわざ床など眠る必要もない。
「戻ってきたというつもりはない。俺は最早死んだ人間だ。昨日は疲労を考えて寝床を借りさせてもらったが、今日の内には出ていくつもりだ」
「え?」
「……」
エリファル様の言葉に、私は驚くことになった。
出て行くつもり、それは考えてもいなかったことである。彼はアーキス侯爵家に戻ってきた。昨日から私は、完全にそう認識していた。
「何を言うかと思えば、馬鹿げたことをぬかすものだ。出て行くだと? ふざけるなよ? ドミラスが逃げた今、誰がこのアーキス侯爵家を守っていく? 残る後継者は、お前しかないのだぞ?」
「……俺はそのような器ではない」
「エリファル様……」
エリファル様は、自分の掌を見つめていた。
そんな彼の目には、なんというか恐怖が宿っている。
それはつまり、昨日言っていたことが関係しているのだろうか。その手が汚れていると、エリファル様は確かにそう言っていた。
「お気になさらないように言うなど、酷なことですね……」
「……っ! いや、俺は別に……」
「しかしエリファル様は、まだ誇りを忘れていらっしゃらない。アーキス侯爵家としての誇りがあるからこそ、それを気にしているのでしょう?」
「……ふん。なるほど、腑抜けた訳か」
私の言葉に、フェルド様はため息をついた。今の言葉だけで、大体の事情を察したのだろう。彼は眉をひそめながら、エリファル様の方に視線を向ける。
「命を奪ったのか?」
「……そうだ」
「……記憶を失っていたと聞いているが、その間の出来事ということか?」
「……そうだ」
「……例え記憶を失っていたとしても、お前が無垢なる者を手にかけるとは思えん。それならば野盗の類か?」
「……ああ」
フェルド様の質問に、エリファル様は短く答えた。
親友である故か、やはりフェルド様は鋭い。エリファル様がどうしてこうなったのか、的確に見抜いている。
だがすごいのは、それを臆せず聞けることだろう。私にはその勇気がなかった。フェルド様のように踏み込まなければ、事態は解決できないとわかっているのに。
「賊の一人や二人手にかけたくらいで、何をうじうじとしているのだ。奴らはこの国にすくう悪逆だ。その命など価値もない」
「それでも命は命だ。俺はそれを奪ったのだ。自らが生き残るために……」
「……ふん、確かにお前がこのアーキス侯爵家に戻ることなど、無理な話のようだな。その程度のことで怖気づくとは笑わせる」
「……なんだと?」
フェルド様の言葉に、エリファル様が彼を睨みつけた。
煽るような口調だったため、流石に頭にきたのだろうか。その感情の動きからは、エリファル様の人間らしさが感じられた。
「我ら貴族は、有事の際にはそういったことも求められるものだ。今は極めて平和だが、争いが起こった時にはどうする? 賊などという下賤な者達よりももっと価値ある命を、我々は奪わなければならないのだぞ?」
「それは……」
「お前は昔から甘い奴だったが、覚悟の類はできているものだと思っていた。それは俺の買い被りだったようだな」
「……」
フェルド様の論理は、私の胸にも突き刺さってきた。
私ももしかしたら、直接的ではなくともそういった決断を下す時が来るのかもしれない。その時のためにも、もう少し意識しておかなければならないといえる。
とはいえ、フェルド様もまだそういったことを経験している訳でもないだろう。
少なくともエリファル様のように直接人の命を奪ったことはないはずだ。私達が想像している以上のものが、そこにはあるのかもしれない。
しかしそんなことは、フェルド様とてわかっているはずだ。それでもその言葉をかけたのは、やはりエリファル様にこのアーキス侯爵家の次期当主として戻って来て欲しいからなのだろう。
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