私を家から追い出すと言っていた夫が、逆に家から追い出されました。義理の家族は私の味方です。

木山楽斗

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1.妾の子として

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「もう我慢なりません。あの人には出て行ってもらいましょう」
「……うむ、最早やむを得ぬか」

 義理の母からの言葉に、義理の父は少し躊躇いがちに同意した。
 マークス侯爵家に嫁いできた私だったが、いよいよこの家から追い出されるということになりそうである。
 それは予想していたことだ。夫であるマルガン様は、私のことを忌み嫌っている。以前から離婚や家から追い出してやるなどと、彼は口にしていたのだ。

「やっと、あの人がいなくなるのですね……正直な所、清々します」
「ミルティア、気持ちは理解できるが、あまりそのような言い方をするものではない」
「お父様は、優し過ぎます。あの人がいることで、このマークス侯爵家がどれだけ疲弊してきたことか……」

 義理の妹であるミルティアは、ひどく憤っているようだった。
 彼女にとっても、私は良き義姉ではなかったということだろう。お義母様や彼女――姑や小姑からすると、息子や兄の嫁というものは、やはり特別気に入らないのかもしれない。

 しかし人格者として社交界でも名高いマークス侯爵からも、否定的な感情が伝わってくるのは苦しいものだった。
 私は自分が思っている以上に、不出来な人間だったのかもしれない。それを感じ取って、私は震えていた。
 いや、それは当然のことといえるのかもしれない。なぜなら私の生まれは、決して歓迎されるものではないのだから。



◇◇◇



 私の名前は、エリシア。ダンカー子爵家の次女である。
 ただ次女と言っても、私は正妻の子ではない。父であるダンカー子爵の浮気によって生まれた妾の子が私だ。

「この娘を引き取れだと? 何を言い出すかと思えば……貴様のような屑の子供を、この私に認知しろというのか?」
「別に認知していただかなくても構いませんよ。私はただ、この子を買い取って欲しいと言っているのです」

 私の母は、決して良き母親ではなかった。幼少期の頃にダンカー子爵家の屋敷に連れて行かれて私は、それを思い知ることになった。
 彼女は私を、ダンカー子爵に買い取らせようとしていた。家の血を引く者を野放しにしておく訳にはいかない。貴族のそういった性質に目をつけた母は、私を金づるにするために産んだのだ。

「ふん、その娘が私の子供だという確証がどこにあるというのだ。どうせどこかの馬の骨の子供だろう」
「それはあなたが誰よりもわかっていることでしょうに。あなたは嫉妬深い人でしたからね。私を別荘に軟禁して、男を近づけなかった。まあ不自由はありませんでしたが、つまらない時間でしたよ」
「ちっ……」

 父も父で、良い父親ではなかった。少なくとも彼は、私のことを娘などとは思っていないだろう。私を見る時の軽蔑に塗れた視線から、私はそれを感じ取っていた。
 そんな尊敬に値しない人物の隣にいる女性は、私のことを興味深そうに観察していた。その人物とは、ダンカー子爵夫人である。彼女は夫と浮気相手が言い争っている中、奇妙にも笑顔を浮かべていた。

「……まあ、良いではありませんか」
「……ラセリア?」
「血を引く子供というのは、利用価値があるものです。彼女を引き取るというのも、一興といえるでしょう」

 ダンカー子爵夫人は、私に対して利用価値を見出しているようだった。
 貴族の子供とは、婚姻などといった他家との交渉材料に使える。あの時の夫人は、そのように考えていたのかもしれない。
 実際に私は、マークス侯爵家に嫁がされた。それは女子がいなかったダンカー子爵家にとって、私にしかできないことであったのだ。

「あら、奥様の方が賢いようですね」
「……勘違いなさらないでいただきたいものですね。言っておきますが、あなたにくれてやるものなどありません」
「え?」
「交渉などという貴族や商人の真似事はやめておくべきでしたね。それは対等な立場だからこそ成り立つものだと、理解する頭もないのですから」

 ダンカー子爵夫人の言葉に、母は目を丸めていた。
 それが自分に対する侮辱だと気付くまでには、少し時間が必要だったということだろう。そういった所からも、母の浅はかさが感じられた。

「なっ……! ふざけたことを言わないでください。私はこの子の――」
「これ以上、余計なことを口にすると痛い目を見ることになりますよ。あなたのような人を消し去ることくらい、私達には容易なのですから。何ならここで、その首を飛ばして差し上げましょうか?」
「――え? ひっ!」

 近くにいた使用人に肩を叩かれて、母は怯えた声をあげた。
 夫人の明らかな脅しには、流石の母も悟ったようだ。これ以上交渉しようとすれば、自身の身に危険が及ぶということに。
 母は私とダンカー子爵、それから夫人に忙しく視線を移した後に、ゆっくりと立ち上がる。それから彼女は苦い顔をしながら駆け出した。それは正しく、敗走である。

「お、覚えておきなさい!」

 それが私が見た母の最後の姿だ。それからは一度も、顔を合わせていない。
 風の噂によると、その後母は野垂れ死んだと聞く。それを聞いた時、私は何も思わなかった。ダンカー子爵家に連れて来られた時、あるいはそれ以前に、私はあの人のことを母親とは思えなくなっていたのだ。
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