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17.聡い子だから(アルティリア視点)

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 ファルミルの部屋に戻った私は、先程自分が言った言葉について改めて考えていた。
 夫にここに来て欲しい。私は確かにそう言った。そう思ってもいる。
 だが、段々と緊張してきた。本当に私は、夫と同じ部屋で過ごせるのだろうか。不安になってくる。

「お母様、どうかされたんですか?」
「ああ、なんでもない……訳ではないわね」

 ファルミルに声をかけられて、私は少し冷静になれた。
 もう言ってしまったのだから、今更あれこれ考えても仕方ない。私は、私がやるべきことをするべきだ。

「何かあったんですか?」
「ええ、実はね。お父さんと話をしたの」
「お父様と?」

 私の言葉に、ファルミルは目を丸める。驚いているのだろう。私と夫が話をしたという事実に。
 子供にそんな風な表情をさせてしまう。それはなんとも情けない話だ。

「それでね、後でこの部屋に来てもらうことにしたの」
「この部屋に? えっと、それは……」
「あなたと私とお父さんとで過ごそうと思って」
「そ、そうなんですか?」

 ファルミルは、笑顔を浮かべた。本当に心から嬉しそうな笑顔だ。私達二人と過ごせることが、それ程までに嬉しいのだろう。
 その笑顔を見られただけで、この提案をしてよかったと思った。同時に不安が吹き飛んでいく。この子の笑顔が見られるなら、他のことなんてどうでもいいと思える。

「……嬉しそうね?」
「はい、嬉しいです。でも、本当にいいんですか?」
「ええ、もちろん」
「無理していませんか?」
「無理なんてしていないわ」

 ファルミルは、私のことを気遣ってくれた。
 それは嬉しいのだが、申し訳なくもある。子供に気を遣わせるなんて、親としては最低だ。
 私は一体今までどれだけこの子に気を遣わせてきたのだろうか。今になって、その罪悪感が押し寄せてくる。

「まだお仕事が残っているみたいだから、来るまではもう少し時間がかかるみたい。でも張り切っていたから、そんなに時間はかからないかもしれないわね」
「お父様も無理をしていないといいんですけど……」
「まあ、その辺りは大丈夫だと思うわ。大きな問題は起こっていないと言っていたし、もしも無理ならこの提案を受け入れないでしょうし」

 私は、少しだけ嘘をついた。夫が無理をしてでもこの提案を受け入れないとは、本当は言い切れない。もしも彼が私と向き合うつもりなら、多少の無理もすると思う。
 だが、それはきっと必要なことだ。私にとっても彼にとっても。ただ、それをわざわざ話してファルミルを心配させることはないだろう。

「……そうですね」

 ファルミルは、ゆっくりと頷いてくれた。ただ、その顔は尚も心配そうである。
 この子は聡い子だ。だから、察したのだろう。夫が無理をしているかもしれないと。

「楽しみです」
「ええ……それなら、良かったわ」

 しかし、ファルミルは何も言わなかった。
 本当に聡い子だ。親バカかもしれないがそう思う。
 こうして、私はファルミルと一緒に夫が来るのを待つのだった。
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