没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗

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 私の要求に、フェリオスは少し困っていた。
 昔のように話して欲しい。それは、使用人としての矜持に反することだ。
 だが、主人の命令を断るというのも、また反することなのである。だからこそ、彼は困っているのだ。

「そんなに固くならなくていいのよ? 公の場できちんとしていればいいの。この屋敷で、戯れることに問題なんてないわ」
「そ、そんなことはありません。主人と従者、その線引きはきちんとするべきです」
「私の命令が、聞けないというの?」
「いや、ですから、それは……」

 私は、ついついフェリオスに強く要求してしまった。
 それは、私が心の奥底で、あの何も憂いがなかった頃に戻りたいと思っているからなのかもしれない。
 だが、そろそろやめるべきかもしれない。ここまで言って駄目なのだ。もうあの頃には、戻れないということなのだろう。

「し、仕方ありません……少しだけですよ?」
「いいの?」
「はい……主人の要求を無下にすることができないというのも、また使用人としての矜持です。戯れであるというなら、少しくらいはいいでしょう」

 私が諦めかけていた中、フェリオスはそのように言ってくれた。
 もしかして、彼もあの頃に戻りたいと心のどこかで思っているのだろうか。それとも、単純に使用人として動いただけなのだろうか。
 どちらにしても、これは嬉しいことだった。久し振りに昔の関係に戻れる。その事実に、私は心を躍らせていた。

「それでは……いや、それじゃあ、こういう口調でいいのかな?」
「ええ、それでいいのよ」
「うっ……なんだか、恥ずかしいね。今更、こんな感じで話すのは……」

 フェリオスは、少し照れていた。
 そんな彼に、私も恥ずかしくなってくる。こういう彼が見られることが嬉しい。そう思う自分が子供みたいで、なんだか照れ臭くなってしまったのだ。

「お……お嬢様、自分で言っておいて、照れないでくださいよ」
「え? いや、それはごめんなさい……というか、元の口調に戻っているわよ?」
「あ、えっと、それは……」
「うん?」

 そこで、フェリオスは私の視線から目をそらした。
 なんというか、それは何か言いにくいことがあるかのような態度だった。
 それはなんだろう。そう考えて、すぐに思い当たる。恐らく、彼は私のことを呼ぼうとして、躊躇ったのだ。

「フェリオス? 私の名前を呼んでみて?」
「名前……」
「昔みたいに……ね?」

 フェリオスは、私のことをお嬢様と呼ぶ。だが、それは使用人としての呼び方だ。
 元の呼び方は違う。その元の呼び方は、彼にとって今となっては恥ずかしいものなのだろう。
 だが、ここまで来てそれが聞けないというのももどかしい。だから、私は名前を呼ぶことを要求することにしたのだ。

「オ、オルティ……」
「ふふ、やっぱり、それよね?」
「うっ……やっぱり、恥ずかしいや」

 フェリオスは、昔の呼び名を呼んでくれた。
 それが嬉しかった。あの懐かしい日々が、心の中に蘇ってくる。
 それは、幸せな記憶だ。あの頃は良かった。改めて、私はそう思うのだった。
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