10 / 17
10
しおりを挟む
私の要求に、フェリオスは少し困っていた。
昔のように話して欲しい。それは、使用人としての矜持に反することだ。
だが、主人の命令を断るというのも、また反することなのである。だからこそ、彼は困っているのだ。
「そんなに固くならなくていいのよ? 公の場できちんとしていればいいの。この屋敷で、戯れることに問題なんてないわ」
「そ、そんなことはありません。主人と従者、その線引きはきちんとするべきです」
「私の命令が、聞けないというの?」
「いや、ですから、それは……」
私は、ついついフェリオスに強く要求してしまった。
それは、私が心の奥底で、あの何も憂いがなかった頃に戻りたいと思っているからなのかもしれない。
だが、そろそろやめるべきかもしれない。ここまで言って駄目なのだ。もうあの頃には、戻れないということなのだろう。
「し、仕方ありません……少しだけですよ?」
「いいの?」
「はい……主人の要求を無下にすることができないというのも、また使用人としての矜持です。戯れであるというなら、少しくらいはいいでしょう」
私が諦めかけていた中、フェリオスはそのように言ってくれた。
もしかして、彼もあの頃に戻りたいと心のどこかで思っているのだろうか。それとも、単純に使用人として動いただけなのだろうか。
どちらにしても、これは嬉しいことだった。久し振りに昔の関係に戻れる。その事実に、私は心を躍らせていた。
「それでは……いや、それじゃあ、こういう口調でいいのかな?」
「ええ、それでいいのよ」
「うっ……なんだか、恥ずかしいね。今更、こんな感じで話すのは……」
フェリオスは、少し照れていた。
そんな彼に、私も恥ずかしくなってくる。こういう彼が見られることが嬉しい。そう思う自分が子供みたいで、なんだか照れ臭くなってしまったのだ。
「お……お嬢様、自分で言っておいて、照れないでくださいよ」
「え? いや、それはごめんなさい……というか、元の口調に戻っているわよ?」
「あ、えっと、それは……」
「うん?」
そこで、フェリオスは私の視線から目をそらした。
なんというか、それは何か言いにくいことがあるかのような態度だった。
それはなんだろう。そう考えて、すぐに思い当たる。恐らく、彼は私のことを呼ぼうとして、躊躇ったのだ。
「フェリオス? 私の名前を呼んでみて?」
「名前……」
「昔みたいに……ね?」
フェリオスは、私のことをお嬢様と呼ぶ。だが、それは使用人としての呼び方だ。
元の呼び方は違う。その元の呼び方は、彼にとって今となっては恥ずかしいものなのだろう。
だが、ここまで来てそれが聞けないというのももどかしい。だから、私は名前を呼ぶことを要求することにしたのだ。
「オ、オルティ……」
「ふふ、やっぱり、それよね?」
「うっ……やっぱり、恥ずかしいや」
フェリオスは、昔の呼び名を呼んでくれた。
それが嬉しかった。あの懐かしい日々が、心の中に蘇ってくる。
それは、幸せな記憶だ。あの頃は良かった。改めて、私はそう思うのだった。
昔のように話して欲しい。それは、使用人としての矜持に反することだ。
だが、主人の命令を断るというのも、また反することなのである。だからこそ、彼は困っているのだ。
「そんなに固くならなくていいのよ? 公の場できちんとしていればいいの。この屋敷で、戯れることに問題なんてないわ」
「そ、そんなことはありません。主人と従者、その線引きはきちんとするべきです」
「私の命令が、聞けないというの?」
「いや、ですから、それは……」
私は、ついついフェリオスに強く要求してしまった。
それは、私が心の奥底で、あの何も憂いがなかった頃に戻りたいと思っているからなのかもしれない。
だが、そろそろやめるべきかもしれない。ここまで言って駄目なのだ。もうあの頃には、戻れないということなのだろう。
「し、仕方ありません……少しだけですよ?」
「いいの?」
「はい……主人の要求を無下にすることができないというのも、また使用人としての矜持です。戯れであるというなら、少しくらいはいいでしょう」
私が諦めかけていた中、フェリオスはそのように言ってくれた。
もしかして、彼もあの頃に戻りたいと心のどこかで思っているのだろうか。それとも、単純に使用人として動いただけなのだろうか。
どちらにしても、これは嬉しいことだった。久し振りに昔の関係に戻れる。その事実に、私は心を躍らせていた。
「それでは……いや、それじゃあ、こういう口調でいいのかな?」
「ええ、それでいいのよ」
「うっ……なんだか、恥ずかしいね。今更、こんな感じで話すのは……」
フェリオスは、少し照れていた。
そんな彼に、私も恥ずかしくなってくる。こういう彼が見られることが嬉しい。そう思う自分が子供みたいで、なんだか照れ臭くなってしまったのだ。
「お……お嬢様、自分で言っておいて、照れないでくださいよ」
「え? いや、それはごめんなさい……というか、元の口調に戻っているわよ?」
「あ、えっと、それは……」
「うん?」
そこで、フェリオスは私の視線から目をそらした。
なんというか、それは何か言いにくいことがあるかのような態度だった。
それはなんだろう。そう考えて、すぐに思い当たる。恐らく、彼は私のことを呼ぼうとして、躊躇ったのだ。
「フェリオス? 私の名前を呼んでみて?」
「名前……」
「昔みたいに……ね?」
フェリオスは、私のことをお嬢様と呼ぶ。だが、それは使用人としての呼び方だ。
元の呼び方は違う。その元の呼び方は、彼にとって今となっては恥ずかしいものなのだろう。
だが、ここまで来てそれが聞けないというのももどかしい。だから、私は名前を呼ぶことを要求することにしたのだ。
「オ、オルティ……」
「ふふ、やっぱり、それよね?」
「うっ……やっぱり、恥ずかしいや」
フェリオスは、昔の呼び名を呼んでくれた。
それが嬉しかった。あの懐かしい日々が、心の中に蘇ってくる。
それは、幸せな記憶だ。あの頃は良かった。改めて、私はそう思うのだった。
32
あなたにおすすめの小説
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
【完結】オネェ伯爵令息に狙われています
ふじの
恋愛
うまくいかない。
なんでこんなにうまくいかないのだろうか。
セレスティアは考えた。
ルノアール子爵家の第一子である私、御歳21歳。
自分で言うのもなんだけど、金色の柔らかな髪に黒色のつぶらな目。結構可愛いはずなのに、残念ながら行き遅れ。
せっかく婚約にこぎつけそうな恋人を妹に奪われ、幼馴染でオネェ口調のフランにやけ酒と愚痴に付き合わせていたら、目が覚めたのは、なぜか彼の部屋。
しかも彼は昔から私を想い続けていたらしく、あれよあれよという間に…!?
うまくいかないはずの人生が、彼と一緒ならもしかして変わるのかもしれない―
【全四話完結】
聖女だけど婚約破棄されたので、「ざまぁリスト」片手に隣国へ行きます
もちもちのごはん
恋愛
セレフィア王国の伯爵令嬢クラリスは、王太子との婚約を突然破棄され、社交界の嘲笑の的に。だが彼女は静かに微笑む――「ざまぁリスト、更新完了」。実は聖女の血を引くクラリスは、隣国の第二王子ユリウスに見出され、溺愛と共に新たな人生を歩み始める。
初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。
石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。
色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。
*この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。
婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。
将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。
レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。
調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~
er
恋愛
王宮調香師見習いのリリアーナは、異母妹セシリアの陰謀で王妃に粗悪な香水を献上したと濡れ衣を着せられ、侯爵家から追放される。全てを失い廃墟で倒れていた彼女を救ったのは、謎の男レオン。彼に誘われ裏市場で才能を認められた彼女は、誰にも話していなかった秘密の力【魂香創成】で復讐を決意する。それは人の本性を香りとして抽出する、伝説の調香術。王太子妃候補となったセシリアに「真実の薔薇」を献上し、選定会で醜い本性を暴く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる