11 / 38
11.屋敷の庭
しおりを挟む
仕事が終わってから、私の屋敷の庭を散歩していた。
天気がいい日には、こうやって外に出ることにしている。軽く運動をした方が、体の調子が良くなるからだ。
この屋敷に来てからはそうではなくなったが、かつてこの習慣は私にとって心を落ち着けるためのものであった。排斥されていた私にとって、気分転換は重要だったのだ。
「まあ、家に籠ってばかりでは駄目だし……あら?」
そこで私は、花に水をやっている一人の女性を見つけた。
その女性のことは、よく知っている。私がこの屋敷に来る前から、信頼している人だ。
「メルテナさん」
「……アラティア様? お仕事はもうお済になられたのですか?」
「ええ、だからこうして散歩しているんです」
「なるほど、日課の散歩という訳ですね」
メルテナさんは、私がカルロム伯爵家にいた時から味方をしてくれていた。
優しい女性であり、私が目標としている女性だ。使用人ではあるが、私にとっては姉のような存在といえるかもしれない。
「メルテナさんは、水やりですか?」
「ええ、そうですよ。この屋敷の庭はご立派ですからね。しっかりと勤めさせていただきます」
「……本当に綺麗な庭ですね。色々な花があって、とても綺麗……」
メルテナさんの言う通り、屋敷の庭は立派だった。様々な花によって、彩られているのだ。
優秀な庭師を雇っているということだろうか。見ていて心が気持ちよくなる庭だ。
「なんでも、この庭は旦那様が手掛けたらしいんですよ」
「旦那様……え? マグナス様が、ですか?」
「ええ、そう聞いています。お花が好きな方なのではありませんか?」
「そ、それは結構意外です……」
メルテナさんから告げられた事実は、私にとって驚くべきものだった。
失礼かもしれないが、凛々しいマグナス様に花を愛でる趣味があったなんて思ってもみなかったことである。驚き過ぎて、動揺を隠すことができない。
同時に私は、彼に親近感を抱いていた。彼は良い趣味をしている。今度、花について色々と聞いてみるのもいいかもしれない。
「ああそうだ。メルテナさん、ラナーシャというメイドを知っていますよね?」
「え? ええ、ラナーシャさんですか? もちろん知っていますよ。同じ屋敷で働くメイドですからね……」
「彼女のことをどう思っているか、聞いてもいいですか?」
「えっと……」
私の質問に対して、メルテナさんはゆっくりと目をそらした。
それは何かしらの言いにくいことがあるということなのだろう。
もしかして、彼女もラナーシャの恐怖に気付いているのだろうか。もしくは彼女の身分を察したということだろうか。
「何か気になることがあるなら、どうか聞かせてください。何か心配があるなら、話してもらいたいです」
「……ラナーシャさんは、特別な方だと思います。何か事情があって、メイドとして過ごしているのではないかと私は思っています。この見解は、ゲルトさんも同じです」
「なるほど……ランパーは?」
「彼は何も知らないと思います」
「そうですか……」
メルテナさんは、やはりある程度の事情は察しているらしい。執事としての経験も深いゲルトさんも同じであるようだ。
そんな二人に、真実を話すべきかどうかは私の一存で決められることではない。これに関しては、マグナス様に聞く必要があるだろう。
しかしそれでも、私に言えることはある。とりあえず今は、それを伝えることにしよう。
「事情はわかりました。とりあえず、その件についてはこちらにお任せてください。ただ彼女は、悪い女性ではありません。その点はご安心ください」
「大丈夫です。それは、わかっています。一緒に仕事をしていればわかることです」
「ああ、そうですよね。メルテナさん達の方が、彼女と接する機会は多いですからね……」
「ええ」
私の言葉に、メルテナさんは笑顔で応えてくれた。
やはり彼女は強く気高い女性である。きっとラナーシャともうまくやってくれるだろう。
心配なのは、ランパーのことだ。事情をまったく把握していない彼が、ラナーシャとの間で何かしらの問題を起こす可能性はないとは言い切れない。
それとなく注意しておいた方がいいだろうか。メルテナさんとの会話によって、私は色々とやるべきことがあることを悟ったのだった。
天気がいい日には、こうやって外に出ることにしている。軽く運動をした方が、体の調子が良くなるからだ。
この屋敷に来てからはそうではなくなったが、かつてこの習慣は私にとって心を落ち着けるためのものであった。排斥されていた私にとって、気分転換は重要だったのだ。
「まあ、家に籠ってばかりでは駄目だし……あら?」
そこで私は、花に水をやっている一人の女性を見つけた。
その女性のことは、よく知っている。私がこの屋敷に来る前から、信頼している人だ。
「メルテナさん」
「……アラティア様? お仕事はもうお済になられたのですか?」
「ええ、だからこうして散歩しているんです」
「なるほど、日課の散歩という訳ですね」
メルテナさんは、私がカルロム伯爵家にいた時から味方をしてくれていた。
優しい女性であり、私が目標としている女性だ。使用人ではあるが、私にとっては姉のような存在といえるかもしれない。
「メルテナさんは、水やりですか?」
「ええ、そうですよ。この屋敷の庭はご立派ですからね。しっかりと勤めさせていただきます」
「……本当に綺麗な庭ですね。色々な花があって、とても綺麗……」
メルテナさんの言う通り、屋敷の庭は立派だった。様々な花によって、彩られているのだ。
優秀な庭師を雇っているということだろうか。見ていて心が気持ちよくなる庭だ。
「なんでも、この庭は旦那様が手掛けたらしいんですよ」
「旦那様……え? マグナス様が、ですか?」
「ええ、そう聞いています。お花が好きな方なのではありませんか?」
「そ、それは結構意外です……」
メルテナさんから告げられた事実は、私にとって驚くべきものだった。
失礼かもしれないが、凛々しいマグナス様に花を愛でる趣味があったなんて思ってもみなかったことである。驚き過ぎて、動揺を隠すことができない。
同時に私は、彼に親近感を抱いていた。彼は良い趣味をしている。今度、花について色々と聞いてみるのもいいかもしれない。
「ああそうだ。メルテナさん、ラナーシャというメイドを知っていますよね?」
「え? ええ、ラナーシャさんですか? もちろん知っていますよ。同じ屋敷で働くメイドですからね……」
「彼女のことをどう思っているか、聞いてもいいですか?」
「えっと……」
私の質問に対して、メルテナさんはゆっくりと目をそらした。
それは何かしらの言いにくいことがあるということなのだろう。
もしかして、彼女もラナーシャの恐怖に気付いているのだろうか。もしくは彼女の身分を察したということだろうか。
「何か気になることがあるなら、どうか聞かせてください。何か心配があるなら、話してもらいたいです」
「……ラナーシャさんは、特別な方だと思います。何か事情があって、メイドとして過ごしているのではないかと私は思っています。この見解は、ゲルトさんも同じです」
「なるほど……ランパーは?」
「彼は何も知らないと思います」
「そうですか……」
メルテナさんは、やはりある程度の事情は察しているらしい。執事としての経験も深いゲルトさんも同じであるようだ。
そんな二人に、真実を話すべきかどうかは私の一存で決められることではない。これに関しては、マグナス様に聞く必要があるだろう。
しかしそれでも、私に言えることはある。とりあえず今は、それを伝えることにしよう。
「事情はわかりました。とりあえず、その件についてはこちらにお任せてください。ただ彼女は、悪い女性ではありません。その点はご安心ください」
「大丈夫です。それは、わかっています。一緒に仕事をしていればわかることです」
「ああ、そうですよね。メルテナさん達の方が、彼女と接する機会は多いですからね……」
「ええ」
私の言葉に、メルテナさんは笑顔で応えてくれた。
やはり彼女は強く気高い女性である。きっとラナーシャともうまくやってくれるだろう。
心配なのは、ランパーのことだ。事情をまったく把握していない彼が、ラナーシャとの間で何かしらの問題を起こす可能性はないとは言い切れない。
それとなく注意しておいた方がいいだろうか。メルテナさんとの会話によって、私は色々とやるべきことがあることを悟ったのだった。
54
あなたにおすすめの小説
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに?
四折 柊
恋愛
結婚式を三か月後に控えたある日、婚約者である侯爵子息スコットに「セシル……君のことを好きになれなかった」と言われた。私は驚きそして耳を疑った。(だってあなたが私に告白をして婚約を申し込んだのですよ?)
スコットに理由を問えば告白は人違いだったらしい。ショックを受けながらも新しい婚約者を探そうと気持ちを切り替えたセシルに、美貌の公爵子息から縁談の申し込みが来た。引く手数多な人がなぜ私にと思いながら会ってみると、どうやら彼はシスコンのようだ。でも嫌な感じはしない。セシルは彼と婚約することにした――。全40話。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
再会の約束の場所に彼は現れなかった
四折 柊
恋愛
ロジェはジゼルに言った。「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込みたい」と。平民のロジェは男爵令嬢であるジゼルにプロポーズするために博士号を得たいと考えていた。彼は能力を見込まれ、隣国の研究室に招待されたのだ。
そして三年後、ジゼルは約束の場所でロジェを待った。ところが彼は現れない。代わりにそこに来たのは見知らぬ美しい女性だった。彼女はジゼルに残酷な言葉を放つ。「彼は私と結婚することになりました」とーーーー。(全5話)
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる