妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗

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番外編

番外編⑤ 長女が選んだ道(イフェネア視点)

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 ヴェルード公爵家は、かつてある出来事で大きく揺れていた。
 それはクラリアという少女の発見によって起こったことだ。父とあるメイドとの間にできた子供、すなわち妾の子の存在が発覚したのである。

 それによって、ヴェルード公爵家及び親戚関係にある王家は批判を受けた。
 とはいえ、それは些細なものだったといえる。あまり良くないことではあるが、貴族に隠し子がいるなどということは、珍しいことでもない。

 しかしクラリアの存在によって、私の人生というものは大きく変わった。
 彼女という天使のような子と出会っていなければ、私は今ここにいなかったかもしれない。

「ふう、今日もいい天気ね……」

 クラリアがヴェルード公爵家に来た日から、数十年の時が流れた。
 かつてはともに暮らしていた兄弟達も、今はそれぞれの道を歩んでいる。
 それは非常に寂しいことではある。しかしそれでも、私達は貴族だ。それぞれがやるべきことをやらなければならない。

 紆余曲折あったものの、私は現在教会に身を置いている。今は孤児院で子供達のお世話を任されている。
 もちろん、ヴェルード公爵家の家族との繋がりも途切れてはいない。そもそもこの協会がヴェルード公爵家からの支援で運営されているということもあって、今でも兄弟――とりわけアドルグお兄様とはそれなりに顔を合わせている。

「イフェネア様、少しよろしいでしょうか?」
「あら、何かしら?」
「グレットを見ませんでしたか? リシェルが探していたのですが、どうにも院の中には見当たらなくて……」
「……まさか、一人で外に?」

 物思いに耽りながら洗濯をしていた私に、同僚であるペレティアが話しかけてきた。
 彼女の表情からは、焦りが伝わってくる。それは当然だ。この孤児院の中から、子供が一人いなくなったというならば、それは大きな問題である。

「その可能性もあるかもしれません。サナーシャが今、騎士団の詰所の方に連絡しています。巡回している騎士や兵士の方々が見かけて保護してくださっているかもしれませんから」
「院の中で探していない所はまだあるのかしら?」
「部屋も庭も全て見て回りました。箪笥の中なども見てみましたが、いませんでした」
「……屋根裏なんかは、どうかしら?」
「屋根裏? ああ、そこは見ていません」

 私の質問に、ペレティアは目を丸くしていた。
 彼女からしてみれば、そこは意識の外だったということだろう。それはわからない訳でもない。上というのは、見落としやすいはずだ。

「それならそこにいるかもしれないわ。グレットは高い所に登るのが好きだもの。物置になっている部屋には屋根裏に繋がる戸があったわよね?」
「ええ、そうですけれど、でもそこも調べましたよ? その時に戸は閉まっていました。そもそも物があるからといって、屋根裏までグレットが届くのでしょうか?」
「あの子の身体能力は高いのよ。この間、木の上に飛び乗っていたわ。でも、あの子は上から下を見下ろすのが怖いらしくて、木の上で震えていたの」
「それは……」

 グレットの身体能力は、かなり高い。それは前々からわかっていたことではあるが、近頃は目を見張るものがある。
 そんな彼ならば、屋根裏に上がることも不可能ではないはずだ。
 しかしこれに関しては、私の希望も含んでいるといえる。できることなら孤児院の中にいて欲しい。一人で外に出ていくなんて、危険極まりないことなのだから。

「屋根裏への戸は、きっと自分で閉めたのでしょう。ともあれ、部屋に行ってみる必要があるわね」
「あ、はい。そうですね。早く行きましょう」

 私の言葉に、ペレティアは素早く頷いた。
 私達は孤児院の中に入る。院の中は少し騒がしい。皆、グレットがいなくなったという事実で混乱しているのだろう。
 それを横目に見ながら、私は階段を上っていく。物置となっている部屋は、階段を上がってすぐ傍にある。私はペレティアとともにそこに入った。

「戸は閉まっていますね……グレット! いるなら返事をして!」
「グレット! 聞こえる? 怒らないからいるなら返事をして!」

 ペレティアと私は、天井に向かって呼びかけてみた。しかし、返事は返ってこない。
 ただ、それでグレットがここにいないと判断するのは早計だ。こういう時に人は、怒られると思って声が出せないということがある。

「ペレティア、椅子を支えていてもらえるかしら?」
「あ、はい」
「よいしょっと……」

 私は物置にある椅子を天井裏に繋がる戸の下まで持ってきて、その上に乗った。
 ペレティアが支えてくれているため、安定性に問題はないだろう。私は戸に手を伸ばして、それを開けてみた。
 するとそこから埃が落ちてくる。だが、その量は多くはない。長らく開けていなかったはずなのに。

「グレット? そこにいるのかしら? いるなら返事をして頂戴」
「……」
「イフェネア様、どうですか?」
「中に入ってみるわ」
「き、気を付けてください」

 私は天井裏の中に手を伸ばしてみた。幸いにも背は高い方であるため、上り切ることはでいそうだ。
 私が腕に力を入れてみると、目の前には暗闇が広がっていた。戸の周囲は多少明るいものの、暗いことには変わりはない。
 ただ私は、確かな気配を感じていた。それはネズミやイタチといった小動物のものではない。そこに人間がいると、私は感じ取っていた。

「グレット、いるのでしょう? それなら返事をして頂戴……」
「………………イフェネア様」
「グレット!」

 よもや侵入者の気配か、そう考えていた私は、聞こえてきたグレットの声に安心する。
 彼は孤児院の中から、いなくなってはいなかった。私の予想通り、天井裏に上って下りられなくなっていたようだ。

「グレット、良かったわ。皆、心配していたのよ。あなたが急にいなくなるものだから」
「ごめんなさい、イフェネア様、俺……」
「いいのよ、あなたが無事ならそれで……さあ、こちらにいらっしゃい」
「うん……」

 私が呼びかけると、グレットはこちらにやって来てくれた。
 その顔がはっきりと見えたことによって、私の心は心底落ち着いた。
 ただ、これで問題が解決したという訳ではない。グレットを天井裏から下ろさなければならない。

「グレット、私が下で受け止めてあげるから、安心して下りてきなさい。ペレティア、椅子の方をよく支えておいてくれるかしら?」
「あ、はい。こっちは大丈夫です」
「グレット、さあ……」
「う、うん……」

 私は一度椅子の上に戻ってから、手を上に伸ばした。
 するとグレットが、恐る恐るといった感じで下りてくる。木に登った時もそうだったが、グレットは補助があれば下りてきてくれる。頼れる人がいるという安心感があるということだろうか。

 ともあれ、私は下りてくるグレットの体を支える。
 まだ幼いながらも、その体は中々に重い。しかし、私がしっかりとしなければならない。グレットは高い所から下りるということに、かなり恐怖を感じているのだから。

「よいしょっと……」
「イフェネア様……ありがとう」

 私の胸に抱かれて、グレットは安心しきった顔をしていた。
 私はペレティアに目で合図を出して、ゆっくりと椅子の上から下りる。
 なんというか、久し振りに地に足がついたような気がする。実際は数十分程度だったのかもしれないが、私はかなり疲れていた。

 ともあれ、これでようやく一安心だといえる。
 いや、まだだ。グレットを無事に助けられた。その事実を早く、孤児院の皆に伝えなければならない。
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