罪の在り処

橘 弥久莉

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プロローグ

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――もうダメだ、死ぬ。

 鈍く光る切先を体で受け止めた瞬間、頭に
浮かんだのはそんな言葉で、想像を絶する
痛みや苦しみに襲われることはなかった。

 僕は、僕の腕の中で震える彼女をきつく
抱き締める。

――絶対に離すものか。絶対に。

 そう心に誓った時、服を引き裂く音と共に
二度目の衝撃が僕を襲った。重い何かが体の
内側を引っ搔くような感覚に、ざわ、と肌が
粟立つ。

 浅い息を繰り返す僕の耳に、彼女の声にな
らない悲鳴が聞こえる。

 「……だい……じょうぶ、だから」

 遠く、風に乗って聞こえ始めたサイレンの
音に安堵しながら言うと、僕はついに頽れた。

 彼女の華奢な体が僕を支えられるはずもな
く、押し倒されるように土と埃にまみれた床
に沈んでゆく。

 「卜部うらべさんっ!!」

 それでも必死に支えようとする彼女の肩に
頬を預けると、僕はあの日、この世を去った
親友に心の奥で語りかけた。

――武弘たけひろ

 僕はやっと、君に会えるのかな。
 君を救えなかった代わりに他の誰かを救う。
 そう誓って生き抜いた十年を、君よりも少
しだけ長かった僕の人生を、『よくやったな』
と、笑って褒めてくれるだろうか?

 あの日から消えることのなかった感触が、
指の隙間から抜けてゆく。

 少し硬い、武弘の髪の感触。
 どんなに手を洗っても、どんなに涙を流し
ても消えてくれなかった感触が、すっと風に
溶けるように消えていった。

 僕は淡く笑みを浮かべると、霞んで見える
景色を瞼の裏に閉じ込める。そうして泣きな
がら僕の名を呼び続ける彼女に、「もう苦し
まないで」と、唇だけで言った。

――苦しまないで、佐奈さな

 こうなることは、覚悟していたのだから。

 「あなたの笑顔を見たい」

 「笑っていて欲しい」

 そう思った時からきっと、僕の運命は決ま
っていたのだから。

 閉じた瞼の裏に、走馬灯が映ることはなか
った。僕は満たされた思いで一つ息を吐くと、
二十八年の人生に別れを告げた。

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