罪の在り処

橘 弥久莉

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第二章:僕たちの罪

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 僕はそう思い至ると、一点を見つめ何かを
考えている様子の彼女に訊いた。

 「……もしかして、正体のわからない人間
からこの手紙を送られたことが川に飛び込ん
だ理由?誰かに責められている気がして辛く
なってしまったとか」

 「それもあるんですけど。この手紙を読ん
だ時、『ずっと見てるぞ』って言われた気が
したんです。どんなに時間が経っても、誰が
事件を忘れても、『ずっと見てるぞ』って言
われた気がして。それに、手紙が届いた日か
ら無言電話が店にかかってくるようになって。
祖父のところに身を寄せてからは、そういう
電話がかかってくることはなかったのに……。
ああ、どこに逃げても自分は許されないんだ、
ひっそりと息を潜めて生きることさえ許され
ないんだって思ったら、魔が差してしまって」

 「そうか、無言電話まで」

 改めて知らされた事実に、僕は顔を顰める。
 匿名の手紙や無言電話は、加害者家族が必
ずと言っていいほど受ける典型的な嫌がらせ
だが、今回に限っては、その無言電話と手紙
の送り主が同一人物であると考えるのが自然
だろう。


――犯罪には恐怖がつきまとう。


 その不気味な一文の意味を考えれば、彼女
が絶望してしまうのもわかる気がする。

 眉間にシワを寄せ、その文章を眺めている
と、ふと吐き出すような声が聞こえた。

 「加害者家族は、罪を犯していない『罪人』
なんだと思うんです。だから自分は誰に恨ま
れても仕方ない。兄の犯罪を止められなかっ
たわたしはその報いを受けるべきだって、
ずっと思ってきました。だけど、あの日、
『あなたも犯罪に巻き込まれた被害者の一人
だ』って卜部さんに言われて、すごく救われ
たんです。苦しむのが当たり前だと思ってい
た人生に一筋の光が射したような気がして、
嬉しかった。なのに、そう思った矢先にその
手紙がポストに……」

 僕の手の中にある便箋を見つめる。

 姿も正体もわからない何者かが送った手紙
は、まるで彼女の身に何かが起こることを
示唆しているようだ。

 このまま無言電話だけで終わるのだろうか。
 わざわざ『早川』の名を語っているのに?

 数秒考え、小さく首を振る。
 僕は彼女を、この人を助けると決めたのだ。
嫌というほど胸騒ぎがするのに、見て見ぬ
ふりをして放っておくことなど出来なかった。

 「藤治さん」

 便箋を封筒に仕舞いながら名を呼ぶと、
彼女は静かに顔を上げた。

 「お兄さんに会いに行きませんか?
この手紙の字はお兄さんのものじゃないけど、
会って話を聞けば何か手掛かりが掴めるかも
知れない。僕も一緒に行きます。だから会い
に行きましょう」

 力強く言うと、彼女の瞳が僅かに揺らぐ。
 そして戸惑いを隠せないまま言った。

 「でも卜部さんにご迷惑を掛けてしまうし」

 「僕なら大丈夫です。明日には退院できる
し、休日なら自由に動けるから」

 「でも、怪我だってまだ治ってないじゃな
いですか。それに休日に動いてもらうなんて、
支援の範疇を越えているんじゃ」

 彼女が申し訳なさそうに眉を顰める。
 けれど、僕はにこりと笑って彼女の心配を
一蹴した。
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