罪の在り処

橘 弥久莉

文字の大きさ
38 / 127
第三章:見えない送り主

36

しおりを挟む
 藤治さんがぎこちなく頷く。
 二人が結婚したことは彼女の両親にさえ知
らされていない。その事実に戸惑いを隠せな
いのだろう。よほどのことがない限り犯罪者
との結婚を祝福する親はいない。それを承知
で、彼女は殺人という罪を背負った早川永輝
と結婚したということだ。

 「となると……手掛かりになりそうなもの
は何もない、ってことか」

 ため息交じりに僕がそう呟いた瞬間、ちょ
っと待って、と鋭い声が飛んできた。

 「この消印、見覚えがあるわ。確か、この
辺りに被害者遺族が住んでいるんじゃないか
しら?」

 「遺族って、当麻心春さんのですか!?」

 意外な事実に僕は声を上げ、身を乗り出す。
 隣からも息を呑む気配がして、僕たちは
揃って手紙の消印を覗き込んだ。

 「実はね、取材で遺族の元に足を運んだこ
とがあるの。その時、取材の段取りで対象者
に取材依頼書を送付したんだけど、頂いたお
返事の封筒にこれと同じ消印が押してあった
記憶があるのよ」

 古い記憶を手繰り寄せながら、彼女がそう
口にする。押された消印には、寺院のような
建物と晩鐘が描かれていて、その上には集荷
したであろう郵便局の支店名が記されていた。

 「つまり、被害者遺族の住んでいる地域か
らこの手紙は投函された、ということですね。
でもそれだけでこの手紙と被害者遺族を関連
付けるのは、ちょっと早合点のような……」

 「そうかしら?加害者家族宛に届いた手紙
が被害者遺族の住む地域から投函されていた。
何も関係ないと思う方がわたしは不自然だと
思うけど。それに……」

 「それに?」

 そこで言葉を途切りなぜか藤治さんの顔を
覗く彼女に、僕もその視線を辿る。気付けば、
藤治さんは何とも言えない複雑な顔で視線を
泳がせていた。

 「この辺りは事件が起きる前まで、あなた
たち兄妹が住んでいた場所でもあるわよね?
この消印を見てすぐに気付かなかった?」

 「……それは、もしかしたらそうかも知れ
ないと思っていたんですけど。でも、そんな
風にご遺族のことを疑うなんて」

 「気付いてたけど言えなかったってことね」

 その言葉に力なく頷いた彼女の肩を、僕は
労るようにポンポンと叩いてやる。

 この手紙が投函されたのが、被害者遺族の
住む街のどこか。そのことに気付きながらも
別の可能性を探ろうとしたのは、罪の意識を
抱えた彼女なら当然のことかも知れなかった。

 「どうやら、手掛かりが見つかったようね」

 「はい。僕はどうにもこういったことには
疎くて。まさか消印を押した郵便局が、事件
のあった地域だとは。探偵には向きませんね」

 自虐的に言って頭を掻くと、すみれさんは
茶目っ気のある眼差しを向けた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

愛しかない

橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。 幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、 10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく 平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、 ある時を境に夫の病に向かい合うことと なる。しばらく前から、夫の不可解な 言動に不安を抱いていた波留に医師の口 から告げられた病名は、「若年性認知症」。 ――結婚から6年目のことだった。 病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛 と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦 のハートフルストーリー。 *作者よりひと言* 認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」 を失ってゆく義母を想いながら執筆させ ていただきました。胸が苦しくなって しまう部分もあるかと思いますが、同じ 病に苦しむ方々に、何かが伝わればと 思います。 ※この物語はフィクションです。 ※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay から選んだものを使用しています。 ※参考文献:認知症の私から見える社会 丹野智文・講談社 ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...