罪の在り処

橘 弥久莉

文字の大きさ
51 / 127
第三章:見えない送り主

49

しおりを挟む
 「ときに、卜部さん」

 「はい」

 「不躾なことを聞くようですけど、今現在、
お付き合いをされている女性はいるのかしら」

 「えっ?いえ、特にお付き合いをしている
方はいません、けど」

 「まあ、そうなの?こんなに素敵な方なの
に不思議ねぇ。きっとうちの仕事が忙し過ぎ
るのがいけないんだわ。出会いが期待できる
ような職場でもないし」

 僕の回答にしおらしく頷きながら、隣に
座る娘にわざとらしく耳打ちする。

 『良かったわね、菜乃子』

 そのひと言を聞き逃さなかった僕は、よう
やく今日の食事会の趣旨を理解し、何食わぬ
顔で自宅に招いてくれた理事長に、内心嘆息
した。

 「すまなかったね、卜部くん。騙すつもり
はなかったんだが、如何せん、雇い主という
立場だと押し付けることになりそうでなかな
か切り出せなかったんだ。まあ、つまりはそ
う言うことなんだが。もし、心に想う相手が
いないなら、ちょっと娘との交際を考えてみ
てはくれないだろうか?」

 心に想う相手という言葉に、一瞬、僕は
藤治さんの顔を思い浮かべてしまう。けれど、
その理由を考える余裕もなく、僕は波風立て
ずこの場を収めようと思い、素直に頷いた。

 僕は食事を終えると、あとは二人でという
母親の言葉に倣い、菜乃子さんの自室に向か
った。



 「素敵な部屋ですね」

 「そうかしら。あまり物を置くのが好きじ
ゃないから、ホテルみたいな感じがするかも」

 菜乃子さんはそう謙遜したが、部屋はシン
プルながらも白とブラウンで家具が統一され
ていて清潔感があった。僕は彼女に促される
まま、部屋の一角に設えてあるテーブルセッ
トに腰掛けた。

 後ろ手で戸を閉め、彼女が僕の隣に座る。
 こうして二人きりになるのは初めてのこと
で、そうと意識すれば緊張から話すべき言葉
が見つからない。

 「あのっ」

 「きょっ」

 何か話さなければと口を開いた途端、二人
の言葉が被ってしまい、僕たちはどちらとも
なく笑みをこぼした。

 僕がどうぞと譲ると、彼女は白い歯を見せ、
しゃべり始めた。

 「今日は驚いたでしょう?本当は父に頼ら
ず自分で伝えるべきだったんだけど。わたし
も雇い主の娘だし、どちらにしても卜部さん
にプレッシャーを与えてしまうと思ったら、
なかなか言い出せなくて」

 「そんな、プレッシャーだなんて。だけど
驚きました。一緒に仕事をしててそんな素振
りをまったく見せなかったから」

 「それは、気付かれないようにしてたのよ。
わたしの気持に気付かれて、そのせいで卜部
さんに避けられてしまったら立ち直れないし」

 そう言って、髪を掻き上げながら目を伏せ
てしまった彼女に、僕は息を漏らす。

 艶やかなショートヘアに、控え目なメイク。
 加害者家族の心情を配慮した柔らかな物腰。
 そして、彼らの力になろうとする真摯な姿。

 女性として意識したことはなくとも、彼女
に想われていると知って悪い気はしない。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

愛しかない

橘 弥久莉
ライト文芸
「死」が二人を分かつまで。 幼馴染の大壱とそう誓ったあの日から、 10年が過ぎた。子宝にも恵まれ、ごく 平凡で穏やかな日々を送っていた波留は、 ある時を境に夫の病に向かい合うことと なる。しばらく前から、夫の不可解な 言動に不安を抱いていた波留に医師の口 から告げられた病名は、「若年性認知症」。 ――結婚から6年目のことだった。 病魔がもたらす「破壊」と、愛情がもた らす「構築」。その狭間で、変わらぬ愛 と、ささやかな幸せを見つけてゆく夫婦 のハートフルストーリー。 *作者よりひと言* 認知症を患い、少しずつ「自分らしさ」 を失ってゆく義母を想いながら執筆させ ていただきました。胸が苦しくなって しまう部分もあるかと思いますが、同じ 病に苦しむ方々に、何かが伝わればと 思います。 ※この物語はフィクションです。 ※表紙画像はフリー画像サイト、pixabay から選んだものを使用しています。 ※参考文献:認知症の私から見える社会 丹野智文・講談社 ボケ日和 長谷川嘉哉・かんき出版

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...