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第三章:見えない送り主
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そんな店を何げなく覗きながら歩いてゆく
と、やがて細い十字路の一角に古書店が見え
て来る。
僕はその店の前に立つと、看板を見上げた。
「古書&カフェ『みちくさ』、か。いいな」
古色を帯びた木造の建物は昭和初期に建て
られたものに違いなく、レトロな商店街の
雰囲気に合っている。歳月を感じる引き戸の
手前には、古びた木の椅子が置いてあって、
その上にちょこんと手書きのカフェメニュー
が立て掛けてあった。
僕はマジックで書かれている営業時間を
ちらと見やると、閉店が近い店の戸を開けた。
「……ごめんください」
カラカラと控えめな音をさせながら、戸を
開ける。店内の至るところに吊るされている
裸電球がアンティークな本棚や柱時計を照ら
していて、訪れるものをノスタルジーな気分
にさせてくれる。足音を忍ばせながら店の奥
に進むと、本棚に囲まれた空間に木のテーブ
ルがいくつか置いてあって、小学校のころに
座った記憶のある学習椅子が二ずつセットさ
れていた。
「昔の小学校みたいだな」
そんなことをひとり呟いた時だった。
不意にぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
お客さんだろうか?
そう思い本棚の影から声がする方を覗くと、
スーツ姿の男性と親し気に話をする彼女が目
に映った。会話を盗み聞きする意図はなかっ
たが、断片的に聞こえてくるそれは「売上」
とか「客足」といったものだったので、僕は
話の邪魔をしてはいけないと思い、手近にあ
った本を手に椅子に腰かける。
けれど、パラパラと本を捲ってみたものの、
まるで興味のない内容だったので、僕は本を
綴じ、テーブルに頬杖をついた。
どことなく懐かしい紙の匂いと橙色のやさ
しい灯りに、自然と瞼が重たくなってしまう。
そしていつの間にか、うつらうつらとして
しまった時だった。突然、木の床を踏み鳴ら
す音がしたかと思うと、「うわっ」と男性の
声が耳に飛び込んできた。
その声にびくりと肩を揺らし、僕は目を開
ける。すると、眼鏡を掛けた色白の男性が僕
を凝視していた。
「びっくりした。お客さんがいるとは思わ
なかった」
そう言ったかと思うと、男性は人の好い笑
みを向けてくれる。僕は慌てて本を手に立ち
上がると、男性とその背後から顔を覗かせた
彼女にぺこりと頭を下げた。
「しばらく前からいたんですけど、何だか
話し込んでいる様子だったから。すみません、
勝手に座っちゃって」
「いや、こちらこそ気付かなくてすみませ
んでした。カフェの方はもう閉店してるので
注文できませんが、本は買えるのでゆっくり
見ていってください」
「あっ、はい。ありがとうございます」
本当は客ではないのだが、わざわざ自分の
身分を明かす必要もないだろう。そう思い客
のフリを続けた僕に笑みを返すと、その男性
は「じゃあ」と藤治さんに手を振り、颯爽と
店を出て行った。
と、やがて細い十字路の一角に古書店が見え
て来る。
僕はその店の前に立つと、看板を見上げた。
「古書&カフェ『みちくさ』、か。いいな」
古色を帯びた木造の建物は昭和初期に建て
られたものに違いなく、レトロな商店街の
雰囲気に合っている。歳月を感じる引き戸の
手前には、古びた木の椅子が置いてあって、
その上にちょこんと手書きのカフェメニュー
が立て掛けてあった。
僕はマジックで書かれている営業時間を
ちらと見やると、閉店が近い店の戸を開けた。
「……ごめんください」
カラカラと控えめな音をさせながら、戸を
開ける。店内の至るところに吊るされている
裸電球がアンティークな本棚や柱時計を照ら
していて、訪れるものをノスタルジーな気分
にさせてくれる。足音を忍ばせながら店の奥
に進むと、本棚に囲まれた空間に木のテーブ
ルがいくつか置いてあって、小学校のころに
座った記憶のある学習椅子が二ずつセットさ
れていた。
「昔の小学校みたいだな」
そんなことをひとり呟いた時だった。
不意にぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
お客さんだろうか?
そう思い本棚の影から声がする方を覗くと、
スーツ姿の男性と親し気に話をする彼女が目
に映った。会話を盗み聞きする意図はなかっ
たが、断片的に聞こえてくるそれは「売上」
とか「客足」といったものだったので、僕は
話の邪魔をしてはいけないと思い、手近にあ
った本を手に椅子に腰かける。
けれど、パラパラと本を捲ってみたものの、
まるで興味のない内容だったので、僕は本を
綴じ、テーブルに頬杖をついた。
どことなく懐かしい紙の匂いと橙色のやさ
しい灯りに、自然と瞼が重たくなってしまう。
そしていつの間にか、うつらうつらとして
しまった時だった。突然、木の床を踏み鳴ら
す音がしたかと思うと、「うわっ」と男性の
声が耳に飛び込んできた。
その声にびくりと肩を揺らし、僕は目を開
ける。すると、眼鏡を掛けた色白の男性が僕
を凝視していた。
「びっくりした。お客さんがいるとは思わ
なかった」
そう言ったかと思うと、男性は人の好い笑
みを向けてくれる。僕は慌てて本を手に立ち
上がると、男性とその背後から顔を覗かせた
彼女にぺこりと頭を下げた。
「しばらく前からいたんですけど、何だか
話し込んでいる様子だったから。すみません、
勝手に座っちゃって」
「いや、こちらこそ気付かなくてすみませ
んでした。カフェの方はもう閉店してるので
注文できませんが、本は買えるのでゆっくり
見ていってください」
「あっ、はい。ありがとうございます」
本当は客ではないのだが、わざわざ自分の
身分を明かす必要もないだろう。そう思い客
のフリを続けた僕に笑みを返すと、その男性
は「じゃあ」と藤治さんに手を振り、颯爽と
店を出て行った。
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