罪の在り処

橘 弥久莉

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第三章:見えない送り主

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 「爺ちゃん、彼が川に落ちたわたしを助け
てくれた卜部さんなの。この間お見舞いに行
ったでしょう?」

 補足するように彼女がそう言った途端、お
爺さんは「なんと、まあ!」と声を上げ、目
をまん丸くする。そして僕の手を両手で握っ
たかと思うと、感無量といった顔で見上げた。

 「そうでしたか。あなたが佐奈の命を救っ
てくれた方だったとは。本来なら祖父である
わたしがお礼に伺わなければならないところ、
不義理をしてしまい、本当に申し訳なかった」

 腰が折れてしまうのでないかと心配になる
ほど、ぽっきりと体を折り曲げ、お爺さんが
僕の手に額を擦り付ける。

 僕はその様子にただただ恐縮し、「いやっ、
そんなっ」と、視線を落ち着かなくさせた。

 お爺さんが頭を上げ、またにんまりと笑う。

 「それにしても、ニュースでチラっと顔を
拝見しましたが、いやいや、テレビで見るよ
りずっとハンサムだ。こんな素敵な方に助け
ていただいた上に孫を貰っていただけるとは。
ありがたや、ありがたや」

 「もう爺ちゃんっ、飛躍しすぎ!!」

 ついに僕を拝み始めたお爺さんに、彼女が
顔を赤くしながら喚く。そんな二人に僕は頭
を搔きながら苦笑すると、まあまあ、と彼女
の肩を叩いた。

 「おや?さっきのは、そういう流れでああ
なったんじゃないのかえ?」

 惚けたような顔をしてそう訊ねるお爺さん
に、僕たちは思わず顔を見合わせてしまう。

 「ええ、まあ。それは、そうですね、はい」

 まさかまだ付き合ってもいないことを告げ
る訳にもいかなかった僕は、不得要領な返事
をし、この場をやり過ごした。

 「爺ちゃん、お腹空いてるでしょ?すぐに
ここ片付けてご飯作るから、ね」

 強引に話を切り上げようと思ったのだろう
か?彼女はそう言ってお爺さんの背中を押す。
 するとお爺さんは、いやいや、と顔の前で
手を振りながら、店の入り口を振り返った。

 「晩ご飯の前にちょいと用事が出来てしま
っての。まだ買ったばかりだというのにまた
テレビの調子が悪いんだ。ヒカリの爺さんめ、
ワシに不良品を売りつけおって」

 「ヒカリの爺さん?」

 「斜め前の電気屋の爺さんだよ。ワシの幼
馴染みで商店街の会長をしてるんだが、まあ
口が上手くてな。新商品が出る度に上手いこ
と言ってワシに買わせるんだ。少し前に買い
換えた電話も雑音が入るし、まったく困った
電気屋だ。ちょっと文句を言いに行ってくる」

 そう言ったかと思うと、やれやれと腰を叩
きながらお爺さんは店を出てゆく。その背中
を嘆息しながら見送ると、彼女は言った。
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