罪の在り処

橘 弥久莉

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第三章:見えない送り主

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 「刑事課の木林誠道さん。本当に『キリン
さん』みたいに背が高いんですね。びっくり
しました」

 その言葉に、マサが目を見開く。
 僕が「ああ」と頭を掻きながら肩を竦めて
見せると、マサは合点がいったように笑って
頷いた。

 「木林でも、キリンでも、どちらでも好き
に呼んでください。『とべ、キリン』。かつて
俺たちをそう呼んだ親友はこの世にいないが
……そう呼んでくれる人が他にいてくれるの
も悪くない」

 言って笑みを深めると、今度こそマサは身
を翻す。僕たちは肩を並べ足早に去ってゆく
その背中を見送ると、どちらともなく笑みを
交わした。

 「店に戻ろうか。お爺さんが帰ってくるま
で傍にいるよ」

 「ううん、大丈夫。何かあったらすぐ斜め
前の店に飛び込めばいいんだし。卜部さんも
早く帰って休まないと明日のことがあるから」

 笑みを湛えたままでそう言った彼女に、僕
は目を細める。駆け付けた時は、恐怖に怯え
蒼白な顔をしていたが、いまは不安が薄らい
だのだろう。どこかほっとしたような表情を
浮かべている。僕は彼女を向くと夜風に靡く
髪をそっと梳いた。

 「じゃあ帰るけど、本当に大丈夫?」

 それでも心配で顔を覗くと、彼女は可笑し
そうに肩を竦める。そして髪に触れる僕の手
をそっと包んだ。

 「どうしても恐かったら卜部さんに電話し
ます。そしたら、眠るまで声を聞かせてくれ
ますか?」

 「もちろん。子守歌も歌うよ」

 彼女の頼みに喜々として頷くと、僕は軽く
頬に口付けた。そして彼女を店に送り商店街
を後にする。


――被害者遺族に会いにゆく。


 そのことを改めて思えば、無意識のうちに
顔が引き締まった。僕はあの手紙が鞄に入っ
ていることを確かめると、見えない送り主の
顔をひとり夜空に思い浮かべていた。
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