罪の在り処

橘 弥久莉

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第四章:絡みつく真実の糸

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 「被害者遺族である心春の母、当麻朝子とうまあさこ
女手ひとつで子ども二人を育ててきたそうだ。
生活は苦しかったが、仕事を掛け持ちしなが
らこの土地で子ども二人を大学まで行かせた。
だが事件発生を機に一度この地を離れ、翌年
の冬にまた戻って来てる」

 「どうしてここを離れたんだろう?」

 「さあ。これは俺の憶測に過ぎないが、取
材陣が自宅に押し寄せて近所迷惑になったん
じゃないか?だから一旦この地を離れ、ほと
ぼりが冷めるのを待って娘の眠る地に戻った」

 「メディアスクラムか。それはあり得るな」

 僕はマサの隣を歩きながら、顔を顰める。
 意外に思うかも知れないが、被害者遺族も
加害者家族と似たような立場に追いやられる
ことがあるのだ。波のように押し寄せる取材
陣に静かな生活を奪われるだけでなく、裁判
で賠償金を求めれば「金目当だ」などとSNS
で批判されることもある。

 僕は加害者側に立ち支援活動を行っている
が、それと同等に被害者遺族を支える活動の
必要性を感じていた。

 僕たちは潮風にコートの裾を預けながら、
駅から徒歩十五分ほどのところにある当麻朝
子の自宅に向かった。


 海からほど近い長閑な住宅街の一角にある
アパートは、やや経年劣化が進んでおり水色
の扉はところどころ錆びていた。その部屋の
インターホンを押すと、奥から人の気配がし、
細く扉が開かれる。

 「目黒北警察の木林です。少しお話を伺い
たいのですが、よろしいですか?」

 マサが警察手帳を翳すと、ドアの隙間から
顔を覗かせた初老の女性は伏目がちに頷いた。

 「どうぞ、狭いところですけど」

 僕たちは招かれるまま三和土の玄関に上が
り、靴を揃える。中に入ると狭小なキッチン
の向こうに六畳ほどの居間が見え、その部屋
の隅にたくさんの花々が供えられた仏壇が見
えた。少女の面影を残しながら黒い額縁の中
で微笑んでいる彼女の遺影を見上げ、僕は唇
を噛み締める。そして母親に断りを入れると、
マサと順に仏壇に線香を手向けた。

 部屋の真ん中に置かれたテーブルに正座を
すると、すぐに母親が「粗茶ですが」と番茶
を勧めてくれる。僕たちはそれで喉を潤すと、
申し合わせたように自己紹介を始めた。

 「改めまして、刑事課強行犯係の木林です」

 マサが母親に名刺を差し出す。
 母親は「はあ」と事情を呑み込めない様子
でそれを手にすると、警戒心を露わにした目
を向けた。

 その目がマサの隣に座る僕にも向けられる。
 が、僕は名刺を出す訳にもいかず自己紹介
のみに留めた。

 「犯罪に巻き込まれた人を支援する団体に
所属しております、卜部と申します」

 やや謎めいた自己紹介に、母親は声もなく
訝しむような眼差しを向ける。僕がその視線
から逃げるように俯くと、マサはその場を取
り繕うように口火を切った。
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