罪の在り処

橘 弥久莉

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第四章:絡みつく真実の糸

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 「彼との出会いは、何度神様に感謝しても
し足りなかった。精液や汚物でどろどろにな
ってたあたしに、彼は迷いもせずジャケット
を脱いで掛けてくれたのよ。そして彼は言っ
てくれたの、あたしが一番欲しかった言葉を」


◇◇◇


 「六道岬りくどうみさきだな。署の方で聞きたいことがあ
る。そんななりじゃ外に出られないから、シャ
ワーを浴びてくれ。着替えは俺が取ってくる」

 天井まで背が届いてしまいそうな体躯の刑
事を見上げる。あたしを抱いていた客は他の
捜査員に腕を引かれ、意味のない抵抗をして
暴れている。

 あたしはこれから自分がどうなるか、ただ
それを考えるのが怖くて、彼に悪態をついた。

 「あたしを捕まえたってつまんない話しか
聞けないわよ。糞みたいな人生を生きた挙句、
ブタ箱に放り込まれるなんて御免だわ。いっ
そのこと、殺してくれた方が嬉しいんだけど」

 精一杯虚勢を張って睨みつけたあたしに息
を吐くと、彼は腰を屈めて目の前にしゃがみ
込んだ。

 「殺してくれとか言うな。俺はお前が死ん
だら悲しいよ。糞みたいな人生を生きるのが
嫌なら、いますぐ生き方を変えろ。一人じゃ
立ち直れないっていうなら、俺がいくらでも
力になってやるから。ほら、立てよ」

 駄々をこねる子どもをあやすような、やさ
しい瞳だった。


――お前が死んだら悲しい。


 一番欲しかったその言葉に涙を堪えきれな
かったあたしを、彼の手が引っ張り上げるよ
うに立たせてくれる。あたしはジャケットの
前を重ねて握り締めると、立ち去ろうとする
背中に訊いた。

 「これ、洗って返したいの。あなたの名前、
教えてくれる?」

 その声に振り返ると、彼は、にっ、と白い
歯を見せた。

 「俺は刑事課の木林誠道。誠の道で誠道だ」

 それが彼との出会いだった。

 力になってやるというその言葉通り行くあ
てのないあたしに彼は住まいと仕事、そして
新しい人生を与えてくれた。


◇◇◇


 人には誰しも人生を変えるほどの出会いが
待っている。問題はそれに気付けるか、気付
けないかだ。


 いつかの夜、そう語ってくれた岬さんは、
真実、満たされた顔をしていて、僕は何だか
誇らしかったのを覚えている。

 そんなことを思い出し知らず口角を上げて
いると、ふと、視界の中心で手の平が舞った。

 「ちょっと吾都くん。なに物思いに耽って
るのよ?」

 「あ、ごめん。ちょっと、ぼうっとしてた」

 ロックグラスを手に虚空を見つめていた僕
を、切れ長の双眸が覗く。本人の前で思い出
に耽ってしまったのが何だか心疚しくて、僕
は誤魔化すように微苦笑を浮かべた。

 「なあに?まだ他にも悩んでることがある
って顔してる。溜め込まないで吐き出してい
いのよ?そのために、わざわざカクテルまで
ご馳走してるんだから」

 「えっ、これご馳走だったの?」

 「もちろん。あたしも呑みたい気分だった
から、ぜんぜん気にしないでね」

 しーっ、と人差し指を口元にあて、岬さん
が廊下の向こうに視線を流す。
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