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第五章:罪の在り処
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「すみません、ありがとうございました」
カウンターの前に突っ立っていた僕は、客
が入って来たことに気付き店を出る。そして
道行く人の合間をふらふらと歩き始めたかと
思うと、すぐにその歩を止めた。
眩暈ともつかない不快な感覚に、手で額を
覆う。ぐるぐると空が、世界が、自分の周囲
を回っているようで、硬いはずの地面が頼り
なく感じられた。
どくどくと、耳の奥にまで響く心臓の音を
聞きながら僕は考える。
彼、浅利伴人とはたった二回しか言葉を交
わしていないが、冷静に考えればその内容に
違和感がないこともなかったのだ。
古書店に向かう途中で会った時、彼は川に
飛び込んだという『武勇伝』を彼女から聞い
たと言っていた。けれど、ニュースやネット
記事にも公表されなかった自分の名を、川に
身投げしたという事実を、わざわざ人に話す
だろうか?
そのことを話せば必然的に川に飛び込んだ
理由を訊かれ、実は自分が加害者家族である
ことに触れなければならない。差別や社会的
制裁に苦しみ、親戚を転々としてきた彼女が、
仕事の付き合いだけである彼に果たしてそこ
まで打ち明けるだろうか?
「……いや、言うはずがない」
僕は、僕の知る彼女を思い出し、首を振る。
兄が人を殺めたのは自分のせいだと罪を背
負い続ける彼女が、自分は罪を犯していない
『罪人』なのだと語っていた彼女が、簡単に
加害者家族であることを明かす訳がなかった。
――それに。
僕は徐に顔を上げる。そして、にこやかな
笑みを向けながら言った彼の言葉を思い出す。
『あなたといるとただの『藤治佐奈』でい
られるんだって、彼女、言ってました』
「……ただの『藤治佐奈』として」
あの夜、僕たちはその言葉に互いの想いを
見つけ、口付けを交わしたのではなかったか。
一人の男として会いたいといった僕に、
自分もただの藤治佐奈として会いたいという
告白にも似た言葉を口にした彼女。その二人
の想いを、別の男に話して聞かせるだろうか?
――いや、話すはずがない。
その結論に達した瞬間、ざわ、と全身の肌
が粟立つ。彼女が話してもいないことを彼は
知っている。
なぜだ、どうして知っている?
どうやって、僕たち二人のやり取りを彼は
知ったというのか?
「……まさか、盗聴?」
口にしたものの、にわかには信じ難かった。
けれどそう思い至ればすべての説明がつく。
あの古書店は浅利伴人がプロデュースし、
リニューアルオープンしたのだ。もし、僕の
推測が正しければ、彼が盗聴器を仕込むこと
など造作もないだろう。
だがどうやって、それを見つければいい?
道の真ん中に立ち尽くしたまま思考を巡ら
せていた僕の耳に、ふと、在りし日の武弘の
声が木霊する。
カウンターの前に突っ立っていた僕は、客
が入って来たことに気付き店を出る。そして
道行く人の合間をふらふらと歩き始めたかと
思うと、すぐにその歩を止めた。
眩暈ともつかない不快な感覚に、手で額を
覆う。ぐるぐると空が、世界が、自分の周囲
を回っているようで、硬いはずの地面が頼り
なく感じられた。
どくどくと、耳の奥にまで響く心臓の音を
聞きながら僕は考える。
彼、浅利伴人とはたった二回しか言葉を交
わしていないが、冷静に考えればその内容に
違和感がないこともなかったのだ。
古書店に向かう途中で会った時、彼は川に
飛び込んだという『武勇伝』を彼女から聞い
たと言っていた。けれど、ニュースやネット
記事にも公表されなかった自分の名を、川に
身投げしたという事実を、わざわざ人に話す
だろうか?
そのことを話せば必然的に川に飛び込んだ
理由を訊かれ、実は自分が加害者家族である
ことに触れなければならない。差別や社会的
制裁に苦しみ、親戚を転々としてきた彼女が、
仕事の付き合いだけである彼に果たしてそこ
まで打ち明けるだろうか?
「……いや、言うはずがない」
僕は、僕の知る彼女を思い出し、首を振る。
兄が人を殺めたのは自分のせいだと罪を背
負い続ける彼女が、自分は罪を犯していない
『罪人』なのだと語っていた彼女が、簡単に
加害者家族であることを明かす訳がなかった。
――それに。
僕は徐に顔を上げる。そして、にこやかな
笑みを向けながら言った彼の言葉を思い出す。
『あなたといるとただの『藤治佐奈』でい
られるんだって、彼女、言ってました』
「……ただの『藤治佐奈』として」
あの夜、僕たちはその言葉に互いの想いを
見つけ、口付けを交わしたのではなかったか。
一人の男として会いたいといった僕に、
自分もただの藤治佐奈として会いたいという
告白にも似た言葉を口にした彼女。その二人
の想いを、別の男に話して聞かせるだろうか?
――いや、話すはずがない。
その結論に達した瞬間、ざわ、と全身の肌
が粟立つ。彼女が話してもいないことを彼は
知っている。
なぜだ、どうして知っている?
どうやって、僕たち二人のやり取りを彼は
知ったというのか?
「……まさか、盗聴?」
口にしたものの、にわかには信じ難かった。
けれどそう思い至ればすべての説明がつく。
あの古書店は浅利伴人がプロデュースし、
リニューアルオープンしたのだ。もし、僕の
推測が正しければ、彼が盗聴器を仕込むこと
など造作もないだろう。
だがどうやって、それを見つければいい?
道の真ん中に立ち尽くしたまま思考を巡ら
せていた僕の耳に、ふと、在りし日の武弘の
声が木霊する。
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