恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 ひと口、酒を飲む。円やかな香りと共に、
すっきりと軽快な辛さが喉を通り過ぎる。

 「美味しい。すごく、口当たりがいいわ」

 ほぅ、と息をつきながらそう言うと、店主
がまた、かかか、と笑った。

 「嬢ちゃん、結構いける口か?それはな、
久保田だよ。するっ、と飲めて主張しすぎ
ないから、おでんによく合うんよ」

 「そう。だから、飲み過ぎないようにね、
紫月。さっそくおでん頼もうか。何にする?」

 ふわふわと、白い湯気の向こうでおじさん
が笑っている。その湯気の中を覗き込みなが
ら、レイも柔らかに笑んでいた。

 紫月は、そうね、と言って小首を傾げると、
二人に訊いた。

 「おススメは?」

 「そうだなぁ、僕はやっぱり大根と牛すじ
が好きかな。ここのはね、薄味なのに出汁が
滲みてて本当に旨いんだ」

 そう答えたレイに、おじさんが頷きながら
付け加える。

 「そりゃ、手間暇かけとるからな。そこい
らのおでんとは一味違うさ。オレのおススメ
は明石のタコだな。茹で零したあとに、圧力
鍋でよーく煮てあるから、やわらけーよ」

 その言葉に、紫月も湯気の中を覗き込んだ。
黄金色の出汁の中に、大根、ちくわ、たまご、
里芋、こんにゃく、牛蒡巻きが浸かっている。
 二人のおススメの牛すじとタコは竹串に刺
してあった。どれも美味しそうだが、全制覇
するのはちょっと難しそうだ。

 「じゃあ、大根と牛すじと、後はおじさん
のおススメを全部いただくわ」

 「はいよ。おススメ全部ね」

 そう言うと、店主は手際よく皿におでんを
盛り、二人に同じものを出した。
 深めの青い皿に、ほかほかとおでんが盛ら
れている。タコ以外のおじさんのおススメは、
里芋と牛蒡巻きだった。

 「いただきます」

 紫月はさっそく竹串に手を伸ばし、タコに
かぶりついた。すると、想像していたよりも
柔らかでジューシーな味が口一杯に広がった。

 「美味しい!柔らかい!」

 そう言って目を輝かせると、レイと店主は
にんまりと顔を見合わせた。

 「出汁が滲みてるでしょう?オッちゃんね、
隠し味に鶏ガラスープを入れてるらしいんだ」

 パチリと箸を割りながらそう言ったレイを、
店主がちろりと睨む。

 「言っちまったな、兄ちゃん。まあ、ここ
だけの秘密にしといてな。企業秘密じゃけ」

 しぃ、と、人差し指を口にあてて笑った
店主に、紫月は肩を竦めて頷く。言われて
みれば、薄味ながらもほのかに鶏の旨味が
感じられる。

 紫月はあまり料理が得意な方ではない
からわからないが、関西風味でも一味違う
気がした。

 熱々のタコを完食し、里芋に箸を入れる。

 すっ、と半分に千切った里芋を、ふぅふぅ
冷まして口に入れると、とろりと中で溶けた。
 噛まなくても、するりと喉を通り過ぎる。
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