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第一部:恋の終わりは
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「じゃあ、すぐに用意します。ここで、
待っててください」
そう言うと、彼はくるりと踵を返し、
プレハブの農業用倉庫へと歩いて行った。
ほどなくして戻って来た彼は、黄色い
プラスチックのカゴに長靴やら、スコップ
やら、必要なものを詰め込んで持ってきた。
それを、どん、とレイの足元へ置く。
カゴにはうっすらと乾いた土がついている。
「長靴と軍手は月城さんの分も入ってます。
これは良かったら、彼女の日除けに使ってく
ださい」
そう言ってカゴの上にちょこんと載せて
あった麦わら帽子をレイに渡す。レイは
それを受け取ると、かぽっ、と紫月の頭に
載せた。
「ありがとう。陽射しが強いから紫月は
これがあった方がいいね。うん、とっても
良く似合ってる。可愛いよ」
そのひと言に、紫月は面映ゆい表情をし
ながら帽子を押さえるように後頭部に触れ
た。使い古された麦わら帽子は陽に焼けて
黄ばんでいるが、ほんのりとお日様の匂い
がする。
-----青空に、大地に、麦わら帽子。
何だか自分が自然と一体化してゆくよう
で、嬉しい。
「じゃあさっそく、始めようか」
「ああ、サツマイモの収穫は終わってる
ので、後で熟成したやつを持ってきますよ。
白菜、大根、人参、ホウレンソウは食べ
頃です。お手伝いはしなくて平気ですか?」
黒い長靴に足を通し始めたレイの顔を、
藤井さんが覗く。レイは目を細めると、
もちろん、と得意そうに頷いた。
「ありがとう、大丈夫だよ。また、キッ
チンを借りる時に声かけるよ」
そう言うと、レイは同じく長靴を履き
終えた紫月の手を握り、ゆっくりと畑に
入っていった。
「土がふわふわしてるわ!」
作物を踏まないよう、畝※に沿って
レイの後ろを歩き出した紫月は、土を踏み
しめる感触に思わず声を上げた。
目の前には綺麗な黄緑色の葉をした作物
が、何列も何列も並んでいる。土から少し
だけ頭の覗かせている部分に目をやれば、
ここは人参畑なのだとわかる。
紫月は目を輝かせて言った。
「私、葉っぱのついた人参、初めて見たわ。
ふさふさして、とても綺麗なのね」
その言葉に足を止め、レイが振り返る。
「人参の葉はすぐにしなびてしまうから、
市場に出す時は根っこから切り取るんだ。
でも、採れ立てなら柔らかいし、無農薬
だから安心して葉っぱまで食べられるよ。
後でサラダにしてみよう。さて、この辺り
でいいかな」
嬉しそうに畑を見渡している紫月に目を
細め、レイが荷物を置く。そして、「まず
は簡単な人参から」と言って軍手を紫月
に差し出した。
※作物を植える場所。土を盛り上げた
細長い山のこと。
待っててください」
そう言うと、彼はくるりと踵を返し、
プレハブの農業用倉庫へと歩いて行った。
ほどなくして戻って来た彼は、黄色い
プラスチックのカゴに長靴やら、スコップ
やら、必要なものを詰め込んで持ってきた。
それを、どん、とレイの足元へ置く。
カゴにはうっすらと乾いた土がついている。
「長靴と軍手は月城さんの分も入ってます。
これは良かったら、彼女の日除けに使ってく
ださい」
そう言ってカゴの上にちょこんと載せて
あった麦わら帽子をレイに渡す。レイは
それを受け取ると、かぽっ、と紫月の頭に
載せた。
「ありがとう。陽射しが強いから紫月は
これがあった方がいいね。うん、とっても
良く似合ってる。可愛いよ」
そのひと言に、紫月は面映ゆい表情をし
ながら帽子を押さえるように後頭部に触れ
た。使い古された麦わら帽子は陽に焼けて
黄ばんでいるが、ほんのりとお日様の匂い
がする。
-----青空に、大地に、麦わら帽子。
何だか自分が自然と一体化してゆくよう
で、嬉しい。
「じゃあさっそく、始めようか」
「ああ、サツマイモの収穫は終わってる
ので、後で熟成したやつを持ってきますよ。
白菜、大根、人参、ホウレンソウは食べ
頃です。お手伝いはしなくて平気ですか?」
黒い長靴に足を通し始めたレイの顔を、
藤井さんが覗く。レイは目を細めると、
もちろん、と得意そうに頷いた。
「ありがとう、大丈夫だよ。また、キッ
チンを借りる時に声かけるよ」
そう言うと、レイは同じく長靴を履き
終えた紫月の手を握り、ゆっくりと畑に
入っていった。
「土がふわふわしてるわ!」
作物を踏まないよう、畝※に沿って
レイの後ろを歩き出した紫月は、土を踏み
しめる感触に思わず声を上げた。
目の前には綺麗な黄緑色の葉をした作物
が、何列も何列も並んでいる。土から少し
だけ頭の覗かせている部分に目をやれば、
ここは人参畑なのだとわかる。
紫月は目を輝かせて言った。
「私、葉っぱのついた人参、初めて見たわ。
ふさふさして、とても綺麗なのね」
その言葉に足を止め、レイが振り返る。
「人参の葉はすぐにしなびてしまうから、
市場に出す時は根っこから切り取るんだ。
でも、採れ立てなら柔らかいし、無農薬
だから安心して葉っぱまで食べられるよ。
後でサラダにしてみよう。さて、この辺り
でいいかな」
嬉しそうに畑を見渡している紫月に目を
細め、レイが荷物を置く。そして、「まず
は簡単な人参から」と言って軍手を紫月
に差し出した。
※作物を植える場所。土を盛り上げた
細長い山のこと。
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