恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「そう、それはいいアイディアね。今は
飽食の時代だから、普通に生活していると
食べ物のありがたみには中々気付けないわ。
だから、あなたは今日、それを教えるため
に、私をここへ連れて来たのね」

 「それもあるけど、純粋に、紫月に新鮮な
野菜を食べさせてあげたいと思ったのもある
し、世界各国にあるうちの農場を巡りながら、
僕の仕事を手伝って欲しいという思いもあっ
たから、ここへ連れて来たんだ」

 「僕の仕事、って……まさかホテル経営を
私が手伝うってこと?」

 「そう。紫月は語学が堪能だからね。英語
の他にフランス語も話せるだろう?」

 「ちょっと待って、フランス語は話せるっ
てほどじゃ……」

 いつ、誰からそんな話を聞いたのだろう?
と首を捻り、すぐに父の顔が思い浮かぶ。
 きっと、縁談の話が来た時に、父がペラペ
ラと喋ったのだろう。レイから縁談が来た、
と自分に告げた時の父は上機嫌だった。

 「もちろん、今の話には『君が僕を好きに
なってくれたら』、ってゆう前置きがある。
だから僕は、そろそろ本気で紫月を口説か
なきゃならないんだ。次のデートが最後の
チャンスになるわけだしね」

 頬杖をつきながら、レイが艶やかな目で
紫月の顔を覗く。紫月は“最後”というその
ひと言にどきりとしながら、そうして、
一気に縮まった彼との距離に身体を硬く
しながら、ごくりと喉を鳴らした。



-----しん、と沈黙が流れる。



 縁側のガラス戸から覗く空は、ゆっくり
と夕暮れを連れてきている。その空の彼方
から、微かに慈鳥じちょうの鳴く声が聞こえた。
 壁を背に、レイと肩を並べて座っていた
紫月は、何かを口にしようとし、薄く唇
を開いた。彼と過ごした時間はまだ二日。

 けれど、その短い時間の中で自分が彼
に抱いた感情は、確実に“恋”と呼べるも
のに変わりつつある。おそらく、最後の
デートを終える頃には、自分は答えを
見つけているだろう。

 だったらもう、この気持ちを口にして
もいいのではないか?紫月は一度唇を
閉じ、そうしてまた開いた。

 「レイ、私……」



-----たぶん、あなたが好きだわ。



 そう口にしようとした紫月の唇は、
それを告げることが出来ないまま、
突然レイによって塞がれてしまった。

 「…っむぐ!?」

 けれど唐突に、自分の口を塞いだのは
彼の“唇”ではなく、バーニャカウダソー
スをたっぷりディップした人参で……。

 紫月はそれをむぐむぐと咀嚼しながら、
思いきり顔を顰める。
 くすくす、と、笑いながらレイが紫月
の唇の端についたソースを親指で拭う。
 
 そうして、それをペロリと舐めると、
紫月の頬をするりと撫でた。
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