恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

橘 弥久莉

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第一部:恋の終わりは

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 「……どうして?……」

 無意識に、そんな言葉が口をついて
出てしまった紫月に、藤堂は困った顔を
して小さく頭を振った。その執事の顔を
じっと見つめ、紫月は瞬時にあることを
決意する。

 レイから唐突に突き付けられた“別れ”
に打ちのめされた心は、すでに別の感情
を以って、ふつふつと熱くなっていた。

 「このチケット、キャンセルされた
わけじゃありませんよね?」

 「はい。搭乗は可能かと」

 「なら、行きます。彼のところに。
あの人がどこにいるのか教えてください」

 「はあ……ですが」

 「お願いします。あの人に直接会って
訊きたいの。教えてくれるまで、この手
を離さないわ」

 紫月は、がし、と執事の腕を掴み、
強い眼差しを向けた。彼は戸惑ったよう
に眼鏡の奥の目を見開き、そうして、
すぅ、と細める。僅かに口角を上げた
気がしたが、紫月にはその意味がわから
なかった。

 「かしこまりました。そういうことで
したら、出発ロビーまで私もご一緒させ
ていただきます」

 そう言ってやんわりと紫月の手を解く
と、彼は足元にあったスーツケースを手
に、紫月と歩き始めた。












 成田からロンドンまでの直行便に乗り、
ロンドン・ヒースロー空港へと降り立っ
た紫月は、懐かしい景色に目を細めなが
らターミナル内のタクシー乗り場へと
急いだ。ロンドン中心部から西へ23
キロほどに位置するこの空港から、
レイがいるというステイゴールド系列の
ホテル、エバーグランドホテルまでは
車で1時間ちょっとだ。

 「Please take me to Ever grand
 hotel.」
 (エバーグランドホテルまで)

 紫月はロータリーに並ぶブラック・
キャップ※に乗り込むと、運転手に行き
先を告げた。

 タクシーは渋滞に巻き込まれること
なく、柔らかな陽に照らされた古い街
並みを窓の外に映しながら走ってゆく。

 時差ボケで少し重い頭を窓に預け、
紫月はじっとその風景を眺めていた。



 執事が教えてくれたホテルは、学生
時代、紫月が泊ったことのあるホテル
だった。

 友人とミュージカルを観に行く予定
だった紫月は、劇場からほど近いその
ホテルを予約し、そこから友人と出掛
けて行ったのだ。

 あの頃は、そのホテルがステイゴール
ド系列のホテルだとは知りもしなかった。
 
 けれど今、そのホテルにレイがいる
と訊けば、それが偶然ではないのだと
気付く。




-----彼はきっと、待っている。




 どうして自分を置いて行ってしまった
のかはわからないが、レイはその場所で
自分を待っているような気がした。

 紫月は緩く瞼を閉じると、彼の背中を
思い出した。



 ※ロンドンに従来からある、黒い車体
の大型車両のタクシー。
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