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第一部:恋の終わりは
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レイが先に行ってしまったと聞かされた
瞬間からずっと、空の上でも、タクシーの
中でも、紫月の頭の中は彼のことでいっぱ
いだった。
「今、紫月の心の中には僕が“どれくらい”
いる?」
そんな紫月の心を見透かしたように、
くすりと笑って茶目っ気のある眼差しを
向ける。紫月はその笑顔にムッとして頬を
膨らませると、両の拳で、どん、とレイの
胸を叩いた。
「今度こんな意地悪したら許さない
から!」
その拗ねた顔が、レイに紫月の心の中を
伝える。あはは、と、声を上げて嬉しそう
に笑うと、レイは紫月の肩に両手を載せ、
くるりと中庭を向かせた。
「それはそうと、紫月。この場所覚えてる?」
背後から紫月の耳元に顔を近づけ、レイ
はやはり嬉しそうに訊いた。
紫月はこくりと頷く。
コンシェルジュが自分をここに連れて
来た瞬間に、あの時の記憶が鮮明に蘇って
いた。
「覚えているわ。私、友人とミュージカ
ルを観に行く予定で、このホテルに宿泊し
ていて。それで、開演時間まで時間があっ
たから、その子とこの中庭を散歩していたの」
そう言いながら、紫月はその当時の光景
を目の前のそれに重ねた。
あの時は、ちょうど夕暮れ時だった。
涼やかな風にドレスを靡かせながら、緑
に彩られた美しいこの中庭を、紫月は友人
と二人で歩いていた。その時、ふと、二人
の鼻先をふわりと煙草の匂いが漂った。
不思議に思ってその匂いが流れてくる方
を見やれば、少し先のガーデンチェアーに
腰かけ、煙草を吸っている男性がひとり。
その他に人影は見当たらない。
するとその男性は、公共施設内は全面
禁煙というルールを破りながら、あろう
ことか、吸殻をポイと歩道に投げ捨てた
のだった。
そして、今まさにその場を立ち去ろうと
している。
紫月はその行為を見つけた瞬間、その場
に友人を残し、立ち去ろうとする男性の後
をカツカツと追いかけた。
そうして、鞄から取り出したティッシュ
でその吸殻を拾い、背後から男性に声を
かける。
「Excuse me. It’s a lost item.」
(すみません。落としましたよ)
紫月のひと言に振り返った男性は、ティ
ッシュにくるまれたそれを見、あからさま
に不機嫌な顔をして見せた。が、その態度
に臆することなく、嫣然と微笑んでみせた
紫月に一歩後退った男性は「チッ」と舌打
ちをする。
そして、紫月の手からそれをひったくる
ようにして奪うと、ひらりと身を翻しその
場から逃げてしまったのだった。
「あの時、僕はこの場所から一部始終を
見ていたんだ。ここは木々に覆われていて
死角になっているからね。その男も君たち
も気付かなかったんだろう。でも、僕は君
を見た瞬間、あのパーティーで会った女性
だと気付いた。君はあの夜と同じピンクの
ドレスに身を包んでいたから。まさか、
この地で、このホテルで、君に再会できる
とは夢にも思っていなかったから、あの時
は全身鳥肌が立ったよ」
瞬間からずっと、空の上でも、タクシーの
中でも、紫月の頭の中は彼のことでいっぱ
いだった。
「今、紫月の心の中には僕が“どれくらい”
いる?」
そんな紫月の心を見透かしたように、
くすりと笑って茶目っ気のある眼差しを
向ける。紫月はその笑顔にムッとして頬を
膨らませると、両の拳で、どん、とレイの
胸を叩いた。
「今度こんな意地悪したら許さない
から!」
その拗ねた顔が、レイに紫月の心の中を
伝える。あはは、と、声を上げて嬉しそう
に笑うと、レイは紫月の肩に両手を載せ、
くるりと中庭を向かせた。
「それはそうと、紫月。この場所覚えてる?」
背後から紫月の耳元に顔を近づけ、レイ
はやはり嬉しそうに訊いた。
紫月はこくりと頷く。
コンシェルジュが自分をここに連れて
来た瞬間に、あの時の記憶が鮮明に蘇って
いた。
「覚えているわ。私、友人とミュージカ
ルを観に行く予定で、このホテルに宿泊し
ていて。それで、開演時間まで時間があっ
たから、その子とこの中庭を散歩していたの」
そう言いながら、紫月はその当時の光景
を目の前のそれに重ねた。
あの時は、ちょうど夕暮れ時だった。
涼やかな風にドレスを靡かせながら、緑
に彩られた美しいこの中庭を、紫月は友人
と二人で歩いていた。その時、ふと、二人
の鼻先をふわりと煙草の匂いが漂った。
不思議に思ってその匂いが流れてくる方
を見やれば、少し先のガーデンチェアーに
腰かけ、煙草を吸っている男性がひとり。
その他に人影は見当たらない。
するとその男性は、公共施設内は全面
禁煙というルールを破りながら、あろう
ことか、吸殻をポイと歩道に投げ捨てた
のだった。
そして、今まさにその場を立ち去ろうと
している。
紫月はその行為を見つけた瞬間、その場
に友人を残し、立ち去ろうとする男性の後
をカツカツと追いかけた。
そうして、鞄から取り出したティッシュ
でその吸殻を拾い、背後から男性に声を
かける。
「Excuse me. It’s a lost item.」
(すみません。落としましたよ)
紫月のひと言に振り返った男性は、ティ
ッシュにくるまれたそれを見、あからさま
に不機嫌な顔をして見せた。が、その態度
に臆することなく、嫣然と微笑んでみせた
紫月に一歩後退った男性は「チッ」と舌打
ちをする。
そして、紫月の手からそれをひったくる
ようにして奪うと、ひらりと身を翻しその
場から逃げてしまったのだった。
「あの時、僕はこの場所から一部始終を
見ていたんだ。ここは木々に覆われていて
死角になっているからね。その男も君たち
も気付かなかったんだろう。でも、僕は君
を見た瞬間、あのパーティーで会った女性
だと気付いた。君はあの夜と同じピンクの
ドレスに身を包んでいたから。まさか、
この地で、このホテルで、君に再会できる
とは夢にも思っていなかったから、あの時
は全身鳥肌が立ったよ」
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