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【一輪の花】

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「子供たちが遊ぶために造られた感じは

しないけど、僕はこの公園、気に入ってるよ。

こうして、弓月と二人きりでいられるし……」

僕は静かな声で言って、そっと弓月の

頭を引き寄せた。唇が重なる瞬間に、弓月が

目を閉じる。ふわ、と、軽く包みこむように

彼女の唇に自分のそれを重ねた。

弓月が僕のシャツを握りしめる。

重ねた唇は痺れるように甘く、柔らかい。

僕は一度唇を離すと、弓月の顔を覗き込んで、

もう一度唇をついばむように触れ、離れた。

「苦しい?」

昨日よりも少し長い口づけが、恋人の息を止め

させて、心配になる。声もなく、弓月が小さく

首を振る姿が愛おしくて……

僕は弓月の肩を抱き寄せた。


弓月とのキスが、僕にとっては人生で初めての

経験だから、僕はキスが上手いのか下手なのか、

わからない。それでも、腕の中にいる弓月は、

少し頬を染めて笑んでくれている。


幸せすぎて、目眩がしそうだった。


そんな、幸せな時間も、あと僅かで終わる。

僕は腕時計の時間を見て小さく息をついた。

もうすぐ8時になる。そろそろ弓月を送っていか

なければいけない。僕は弓月の髪に頬を寄せると、

努めて自然に言った。


「もし良かったら、明日、僕の部屋に来ない?」

弓月が顔を上げる。僕は彼女の返事を待たずに、

さらに言葉を続けた。

「明日は休みだけど、朝から雨みたいだし。

出かけるのも大変だから、僕の部屋でゆっくり

過ごすっていうのは……どうかな、と思って」

下心がない、と言えば嘘になる。弓月もきっと、

僕の言葉の裏に見え隠れする本心を、見透かして

いるだろう。もし、いやだと言われたら、

どうしようか?そんなことを考えながら、

僕はじっと弓月の返事を待った。

「うん。いいよ」

突然、弓月の明るい声が沈黙を破った。

僕は顔を離して弓月の目を覗き込む。

弓月の眼差しは、いつもと何ら変わらない。

「じゃあ明日のお昼ご飯、私が作ってあげる。

何がいい?食べたいもの、言って」

唐突に、嬉しそうに、彼女がそう聞くので、

僕は停止しかけていた思考をフル回転させた。

「お昼ごはん、か。えーっと、そうだな……」

何げなく、暗闇に佇む、錆びたブランコを見やる。

不意に、幼い頃の記憶が甦った。

「オムライス……が、いいかな」

僕は呟いた。

「オムライス?」

弓月が少し意外そうな顔をしながら、

反芻する。

「そう。オムライス」

照れたように少し目を伏せた僕は、

もっともらしい理由を述べた。


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