Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

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【ゆづると恭介】

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「どうぞ」

彼女に壁側の席を促して、向かいの席に座る。

勧められるまま腰掛けた彼女は、羽織っていた

カーディガンを掛けなおして、脚を組んだ。

「ここ、いい店だね。今日、初めて来たんだけど、

気に入ったよ。君はよく来るの?」

「まあね」

そっけない返事を返す彼女の視線は、

ずっとカウンターに向けられている。

どうやら、カクテルを作るマスターの様子を

眺めているようだった。

ほんの少し前に見せた女神のような微笑みは、

どこかに隠してしまったらしく、なぜか

突き放すような空気さえ感じる。

何か気に障ることでも俺が言ったのか?

それとも、気が変わってしまったのか?

戸惑いつつも、俺はまた話しかけた。

「俺は永倉(ながくら) 恭介。君は?」

やっとこちらを向いた彼女が、少し考える

ような素振りを見せて、言った。

「ゆかり」

「ゆかり。いい名前だね」

そう頷いた俺に、彼女は満足そうに眼を細めた。

やっと、笑ってくれた。

さて、次は何を話そうかと思い倦ねいた、その時。

「はい。いつもの『ゆづるスペシャル』ね」

銀のトレーを手に、俺の隣に立ったマスターが、

カクテルを彼女の前に置いた。


「ゆづる、スペシャル?」

変わったカクテルの名前に首を傾げながら、

マスターを見上げた俺に対し、

彼女は口を尖らせてマスターを睨んでいる。

瞬時に“マズイ”と顔を顰めたマスターは、

肩を竦めると、「ごめん」と、トレーで顔を

隠しながら、逃げるようにその場を去った。

なるほど。偽名だったのか。

ポロリと彼女の名前を教えてくれた

マスターに感謝しつつ、俺は腕を組んだ。

「“ゆづる”か。いい名前だな」

皮肉を込めて、さっきと同じ言葉を投げかける。

けれど彼女はまったく気にする様子もなく、

今しがた目の前に置かれたスペシャルなカクテルを、

美味しそうに口に運んだ。

「ねぇ、あなたも飲んでみる?」

突然、彼女がグラスを差し出して、

俺の目を覗き込んだ。

「………」

返事をしないまま、俺は視線をカクテルに向ける。

ロンググラスの中には下から、赤、濃いピンク、

薄い黄色の3色の液体が、混ざりあうことなく

器用に注がれていた。

「綺麗だな」

初めて見るそのカクテルに感心しながら、

俺は手に取ってひと口飲んでみた。

3色に分かれているそのカクテルは、

口に含むと爽やかな柑橘の風味が広がって、

色合いから想像するほど甘くはない。

「美味しいでしょう?」

ふふっ、と、得意そうにゆづるが笑う。

彼女の笑顔に気を取り直した俺は、

「うん。美味しい」と、素直に笑った。

「これね、私だけのオリジナルなの」

そう言うと、彼女はカウンターの方を見ながら、

一口、また一口とグラスを傾けた。

「だろうね」

短い返事をして横顔を見つめる。

年は25、6といったところだろうか?

さりげなくグラスを持つ手に目をやれば、

その細い指に「誰かのもの」である印はない。

けれど、たった今、自分の名を偽ったばかりの

彼女が、この先、何かを聞いたところで本当の事を

語ってくれるとも思えない。俺はこれ以上

「彼女のこと」を聞くのをやめた。


-----期待外れか。


ついさっきまで、胸を弾ませていた甘美な予感が、

あっと言う間に散って消える。

もはや、二人の間に流れる沈黙も、

居心地が悪かった。仕方ない。このまま適当に

切り上げようか、と、残りの酒を一気に飲み干した

時だった。ゆづるが口を開いた。
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