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【恋色スケッチ】
しおりを挟む「こんな感じ?」
膝の上で手を組んで、顔を向けてみる。
自然な表情をするのが、意外に難しい。
「……………」
不慣れなモデルの動きが気に入らないらしく、
ゆづるは立ち上がって俺の肩を掴むと、
背の向こうの風景と俺をうまく調和させた。
ギギギ、と、擬音が聞こえてきそうな
躰を解すように、ポンと肩を叩く。
「うん。そのまま少し笑って、楽にして」
小さく頷いて長い髪を掻き上げると、
どこからか取り出したバレッタで髪を留めた。
スケッチブックを手に、ゆづるが真剣な
眼差しを向ける。
交互に俺とスケッチブックに目をやる
その瞳は、俺を見ているはずなのに、
もう、そこに“俺”はいない。
眩い光が灯るカウンターを背に座る、
風景の中の“人物”だ。俺は彼女が描く画の、
一部でしかなかった。
店内を流れる、ゆったりとしたBGMに、
紙の上を滑る色鉛筆の音が重なる。
自由に動かせない体は不自由な筈なのに、
不思議と心は満たされていく。
「これ、いつものね」
声がして横を向くと、マスターが隣のテーブルを
こちらに寄せて、カクテルを置いた。
置かれたグラスの液体は、3層に分かれている。
「どうも」
何も答えない彼女に代わって、俺はマスターに
微笑んだ。
「いい画になりそうだね」
マスターがスケッチブックを覗く。
「そう?それは出来上がりが楽しみだ。
悪いね。席、2つも使っちゃって」
「いや、構わないよ。どうぞごゆっくり」
短いやり取りを終えると、マスターは
銀のトレーを手に、カウンターへ戻っていった。
俺は小さく息をついて、ゆづるを向いた。
相変わらず、彼女の瞳は俺を見ておらず、
その集中力に圧倒されてしまう。
しばらくの間、大人しくモデルを務めていた
俺は、ふと、違和感に気付いて口を開いた。
「もしかして、左利き?」
もしかしても何も、
右手にスケッチブックを持って、
左手に色鉛筆を握っているのだから、
間違いなく左利きだ。答えるまでもないと
思ったのか、彼女の返事もない。
「へぇ」
俺はひとりで納得した。
ここで黙ってしまえば、永遠にこの沈黙が
続いてしまいそうで、寂しい。
俺はゆづるの顔色を窺いながら、
独り言を続けた。
「確か、モネやゴッホも左利きだって、
何かに書いてあったな。
有名な芸術家には左利きが多いと
聞いたことがあるし、もしかしたら
君は天才なのかもしれないね」
ちら、と彼女の顔を覗いて、頷く。
すると、独り言で終わるはずだった俺の言葉に、
ゆづるは手を止め、少々不機嫌そうに顔を上げた。
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