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【恋色スケッチ】
しおりを挟むそこには、一枚の白い紙が置かれていた。
スケッチブックから破り取られたその紙を、
手に取って裏返す。
瞬間、俺は目を見開いた。
-------そこには。
この店の風景そのものが、あたかもいま、
そこにあるかのように、存在していた。
柔らかな灯りを背に受け止めて微笑む俺の
顔は、触れれば体温が伝わりそうなほどに、
“生きている”。
想像から聴こえる音というものが、
あるのだろうか?
カウンターの向こうでマスターがシェーカーを
振る音や、店に流れるBGM、談笑する客の声まで
画の中から聴こえてきそうな気がして、俺はしばし、
その音に耳を澄ましてしまった。
「うん、いい画だね。素晴らしいよ。
モデルが恭さんだからかな?
僕もこの辺にいたんだけどね」
背後に立っていたマスターがカウンターの
右端を指して笑う。
俺は苦笑いをしながら、茶を濁した。
「時間が足りなかったのかもな。けど、
色鉛筆だけでこんな凄い画が、描ける
もんなんだな。しかも、たった数時間で。
俺には絵心がないから、羨ましいよ」
心底、感心しながら息をつくと、
そうだね、とマスターが肩を叩いた。
「さ、店を閉めるから……恭さんも、
帰って休んだ方がいい。顔色があまり
良くないよ。このところの夜ふかしが
堪えてるんじゃないか?」
白い歯をにっ、と見せて笑う。
「ありがとう。そうするよ」
俺は両手を高く上げて組むと、
強張った体を思い切り伸ばして頷いた。
20××.10.27(木)
昨日、彼のことを父さんに聞かれました。
彼とお付き合いをしていること、正直に答えたけれど、
それで良かったのかな?もしかしたら、
あなたにも何か聞いてくるかもしれません。
私よりも、あなたの方が話しやすいみたいだから。
この頃、何だか体が重くて辛いです。
気分もあまり優れません。
近いうち、小林医師のところへ行きます。
何か伝えることがあったら、
ここに書き留めておいて下さい。
「っと……失礼」
閉じかけの扉を手で押さえ、
エレベーターに滑り込む。と、四角い空間の奥に
ひとり。立っていた女性が、ふふ、と笑った。
「お疲れさま。今日はもう上がり?」
「ああ。何とかね」
ネクタイを緩めて、彼女とは反対側の壁に
体を預ける。それだけの事で、体はオフモードに
切り替わり、呼吸が楽になった。
「ところで、話ってなに?」
チカチカと点滅しながら下がっていく、
エレベーターのボタンを目で追いながら、
尚美に訊いた。
定時をとっくに過ぎたエレベーターのボタンは、
止まらない。ひとときの間、ふたりの会話を
閉じ込めてくれそうだった。
「ああ、うん」
微かに、尚美の声が迷う。
俺は視線の片隅で彼女の様子を窺った。
「やっぱり、あなたを推したいみたい」
「……そっか」
「最年少で、副部長昇進ね。
喜ばしいことだけど、福岡は遠いね」
彼女の声のトーンが下がる。
「まあ。遠いな」
俺は息を吐き出しながら、笑った。
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