Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

文字の大きさ
35 / 105

【恋色スケッチ】

しおりを挟む

そこには、一枚の白い紙が置かれていた。

スケッチブックから破り取られたその紙を、

手に取って裏返す。

瞬間、俺は目を見開いた。

-------そこには。

この店の風景そのものが、あたかもいま、

そこにあるかのように、存在していた。

柔らかな灯りを背に受け止めて微笑む俺の

顔は、触れれば体温が伝わりそうなほどに、

“生きている”。

想像から聴こえる音というものが、

あるのだろうか?

カウンターの向こうでマスターがシェーカーを

振る音や、店に流れるBGM、談笑する客の声まで

画の中から聴こえてきそうな気がして、俺はしばし、

その音に耳を澄ましてしまった。

「うん、いい画だね。素晴らしいよ。

 モデルが恭さんだからかな?

 僕もこの辺にいたんだけどね」

背後に立っていたマスターがカウンターの

右端を指して笑う。

俺は苦笑いをしながら、茶を濁した。

「時間が足りなかったのかもな。けど、

色鉛筆だけでこんな凄い画が、描ける

もんなんだな。しかも、たった数時間で。

俺には絵心がないから、羨ましいよ」

心底、感心しながら息をつくと、

そうだね、とマスターが肩を叩いた。

「さ、店を閉めるから……恭さんも、

 帰って休んだ方がいい。顔色があまり

 良くないよ。このところの夜ふかしが

 堪えてるんじゃないか?」

白い歯をにっ、と見せて笑う。

「ありがとう。そうするよ」

俺は両手を高く上げて組むと、

強張った体を思い切り伸ばして頷いた。



               20××.10.27(木)


昨日、彼のことを父さんに聞かれました。

彼とお付き合いをしていること、正直に答えたけれど、

それで良かったのかな?もしかしたら、

あなたにも何か聞いてくるかもしれません。

私よりも、あなたの方が話しやすいみたいだから。

この頃、何だか体が重くて辛いです。

気分もあまり優れません。

近いうち、小林医師のところへ行きます。

何か伝えることがあったら、

ここに書き留めておいて下さい。




「っと……失礼」

閉じかけの扉を手で押さえ、

エレベーターに滑り込む。と、四角い空間の奥に

ひとり。立っていた女性が、ふふ、と笑った。

「お疲れさま。今日はもう上がり?」

「ああ。何とかね」

ネクタイを緩めて、彼女とは反対側の壁に

体を預ける。それだけの事で、体はオフモードに

切り替わり、呼吸が楽になった。

「ところで、話ってなに?」

チカチカと点滅しながら下がっていく、

エレベーターのボタンを目で追いながら、

尚美に訊いた。

定時をとっくに過ぎたエレベーターのボタンは、

止まらない。ひとときの間、ふたりの会話を

閉じ込めてくれそうだった。

「ああ、うん」

微かに、尚美の声が迷う。

俺は視線の片隅で彼女の様子を窺った。

「やっぱり、あなたを推したいみたい」

「……そっか」

「最年少で、副部長昇進ね。

 喜ばしいことだけど、福岡は遠いね」

彼女の声のトーンが下がる。

「まあ。遠いな」

俺は息を吐き出しながら、笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

処理中です...