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【恋色スケッチ】
しおりを挟むエレベーターのボタンは点滅を繰り返しながら、
ふたりを1階ロビーへ運んで行く。
「今日、このあと会えそうなの。
何か聞けたら、また伝えるから」
-----ポン
間の抜けた音をさせて、扉が開いた。
「ありがとう。じゃあ」
一瞬だけ彼女を振り返ると、
俺はガラス張りの明るいロビーを、
足早に歩いて行った。
「はい。特製ナポリタン」
いつもの席で、いつものように、
入り口を眺めていた俺の前に、マスターが
白い皿を置いた。甘い香りが鼻孔をくすぐって、
空っぽの胃袋を刺激する。
「どうも」
俺は差し出されたフォークを受け取った。
フォークの先から白い紙ナプキンを
外して、スパゲティに絡めると、
ほわほわと白い湯気が上がる。
「熱いからね。気を付けて」
にこりと笑って見せた彼に頷いて、
俺はひと口目を頬張った。
あの夜からもうすぐ1週間になる。
来るのか、来ないのかわからない
ゆづるを、俺は相変わらずこの店で
待っていた。
けれど以前ほど、待つことが苦痛では
なくなっていた。
-------きっと会える。その予感が、
待つ時間を楽しみに変えてくれる。
この店の居心地が良いのも、
理由のひとつかもしれなかった。
「そろそろ、今日あたり来るかな?」
キュ、キュと軽快な音をさせながら、
マスターが目の前でグラスを磨く。
「どうかな?」
小首を傾げながら、俺は最後のひと口を
口に押し込んだ。
「嫌われては、いないみたいだからな。
好かれても、いないかもしれないけど」
四角い氷がいくつも浮かぶロンググラスを
手に、らしくない弱音が、口を突いて出る。
マスターは口髭を歪めて、入り口を見やった。
その時だった。
-------カラン
ドアのベルが鳴なった。
マスターが目を見開く。
俺は、ゆっくりと後ろを振り返った。
------ゆづるがそこにいた。
あの夜と同じように、ドアノブを握ったまま
立っている。けれど、その表情は凍ってはいない。
見開いた目に困惑の色は滲んでいても、
俺を拒んではいなかった。
グラスを置いて立ち上がろうとした俺は、
瞬間、思い留まって彼女に笑いかけた。
「入ったら?邪魔になるよ」
隣の椅子を指差して、笑みを深める。
ふわ、と背後から風に揺れた髪を掻き上げ、
少し不機嫌な顔をすると、ゆづるは店に入った。
「もう、画は描いてあげた筈だけど?」
ストン、と俺の隣に腰かけて口を尖らせた。
「ああ」
頷いて、俺は一気にグラスの液体を飲み干す。
そして、頬杖をついて彼女の顔を覗き込んだ。
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