Diary ~あなたに会いたい~ 

橘 弥久莉

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【運命の交差点】

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チラ、と僕から視線を外して俯く弓月の口調は

たどたどしく、どことなく嘘の匂いを感じる。

ずくり、と胸の奥に嫌な圧力を感じながら、

僕は昨夜の父の言葉を思い出した。


------「そうですか。あなたが」-------


あの時、確かに、彼はそう言った。

僕の存在を知っていなければ、出てこない

言葉だろう。それに、厳しいという

弓月の言葉にも違和感がある。

たった1度会っただけで相手の本質が

見えるわけではないが、弓月の父親は物腰が

柔らかく、とても穏やかな印象だった。

厳しいというイメージからはかけ離れている。

やはり、父親に“会われては困る理由”

が何かあるのかもしれない------


けれど僕の中でその答えに思い至っても、

僕はそれ以上、弓月に何も訊かなかった。

知らない方が、いいことだってある。

その人が隠していたいと思うことを

無理に知ることで、すべてが

変わってしまうことだってあるのだ。

「そういう事なら……うっかりお父さんに

 会わないように、これからは気を付けるよ。

 間違って僕たちの交際を反対されるような

 ことになっても大変だし。慎重にいこう」

僕は自分に言い聞かせるように

「うん」と、小さく頷いて立ち上がった。

それでも弓月は不安そうに顔を歪め、

僕を見上げている。

僕は、はにかんで、すぐ側にある弓月の頭に

ポンと手の平を置いた。

「わかったから。大丈夫」

ようやく、彼女が頬を緩めた。

そうして、ありがとう、と小さな声で呟く。

握りしめていたコーヒーに視線を落とし、

口に運んだ。すっかりぬるくなったそれを

弓月が飲み干し、微笑する。

ふわ、とその場の空気が軽くなるのを

感じながら、僕は恋人が初めてついた

“嘘”を心の奥に閉じ込めて笑っていた。

翌日も。またその翌日も。

弓月の具合は良くならなかった。

仕事を終え、彼女の店に足を運ぶ日が続く。

僕は日課のように図書館の入り口で

コーヒーを買い、ポケットを膨らませて

花屋のドアのベルを同じ時間に

鳴らすようになっていた。


-----ゴトン!ガッ、ゴトン!


重い衝撃音をさせながら落ちてきた

熱い缶を手に取って、腰を伸ばす。

すると、背後から聞き慣れた明るい声が聞こえた。

「お疲れさま。今日もデート?」

「うん。あ、良かったら…何がいい?」

振り返って田辺さんに聞く。

慌ててポケットにコーヒーを押し込んで

小銭を自販機に投入すると、彼女は

「ほんと?じゃあ……コレ」

と、ホットレモンを指差した。

「結構長いね。もう1週間くらい?」

並んで歩き始めた田辺さんが、

ペットボトルの蓋を開けながら僕を向く。

短く切りそろえられた髪が、冷えた風を

受けて小さく揺れた。

「もう、1週間以上……かな」

「行ってるんでしょう?病院」

「…うん。まあ…」

彼女の問いかけに鈍い返事をしながら、

僕は身重の彼女に合わせて意識的に

歩幅を縮めた。

ぺたんこの靴を履いて、なだらかに

膨らんだお腹を庇うように歩く横顔は、

すっかり母親のそれだ。
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