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【月が輝く理由】
しおりを挟む-----弓月の心は、ひとつじゃなかった。
残酷な真実が心を刺してゆく。
-----弓月は、僕だけのものじゃなかった。
大粒の雨に濡れながら、僕は漏れてしまいそうに
なる嗚咽を、必死に堪えて歩いていた。
いつか、こういう日がくることを、
僕が真実を知るときがくることを、
弓月は恐れていたのだろうか?
真実を隠したまま、ずっと恋人でいられる
わけがないと、わかっていたのだろうか?
僕たちの恋に、永遠なんてないと知りながら
ずっと、笑っていたのだろうか?
「結婚、できないのか……」
ぼそりと呟いて、僕は立ち止まった。
----弓月は、僕だけのものじゃない----
少なくとも、この病気が治らなければ、
“ゆづる”の人格が消えなければ、
僕たちは結婚なんかできない。
ゆづるの恋人は、あの男なのだから……
不意に、永倉恭介の隣で笑う弓月の姿が
脳裏に浮かんだ。泪が、溢れて止まらない。
雨が、降ってくれてよかった。
僕は泪を雨で隠しながら、
見慣れぬ道を歩き始めた。
まだ面会時間があるからと、病室へ戻る
父親と別れクリニックを出た時には、
雨上がりの空が夜風を運んでいた。
街灯に照らされた住宅街を、ひとり足早に歩く。
澄んだ風に背中を押されながら向かう先は、
たったひとつだった。
「少し、いいですか?」
遠野和臣がラウンジを飛び出して行ったあとも、
俺はその場に残っていた。
まだ訊きたいことがある。そう伝えると、
父親は頷いて、向かいの席に浅く腰を下ろした。
「ゆづるさんの、髪のことですが」
すっかり冷めた珈琲をひと口飲んで、
そう切り出すと、父親はああ、と目を細めた。
「あれはウイッグですよ。あの通り、弓月は
髪を短くしていますが、弓弦が生きている
頃は長かったんです。どうやら、その方が
似合うと弓弦に言われたようでね……」
そう言いながら、父親はあの写真を取り出して
俺に差し出した。やはりそうか、と得心しながら、
それを手に取って見る。
俺の良く知るゆづるは、義兄への想いをそのまま
投影したものだったのだ。
亡き義兄の才能さえも受け継ぎ、主人格である
弓月の心を守っている人格、ゆづる。
彼女の少し勝ち気な性格は、もうひとりの
自分を守るための虚勢もあるのかもしれない。
「本当に、よく似ていますね」
あらためて、写真の中の自分を見つめながら
そう言うと、父親は複雑な顔をした。
「これじゃ、弓月さんが目を覚ましても、
会うわけにはいかないな……」
なかば、独り言のようにそう言うと、
父親は窺うように俺を見た。
「やはり、あなたは“ゆづる”の方の……」
恋人か?という意味だろう。
その問いかけに、俺は首を傾げて見せた。
「恋人か、と聞かれると少し違う気も
しますが……でも、彼女がそう思って
いたなら、俺は嬉しいですね」
そう言いながら、ゆづるの想いが誰に向け
られていたのかを想像する。胸が痛んだ。
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