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【月が輝く理由】
しおりを挟むまだ、表には現れていないだけで、医師や父親にも
存在を知られていない誰かが、他にもいるとしたら……
僕はそこまで思い至って、頭を抱えた。
考えれば考えるほど、絶望的な気持ちになる。
もしも、永遠に弓月が治らなかったら?
僕はそれでも、彼女と一緒にいられるだろうか。
他の男と付き合っているのは、別の人格だからと……
赦すことができるのだろうか?
「弓月……」
冷たいテーブルに額を預けて目を閉じる。
あの男と弓月の顔が瞼の裏で重なって、
僕は強く唇を噛んだ。耐えられそうにない。
想像しただけで、心が壊れてしまいそうだ。
また、泪が零れ落ちそうになって鼻をすすった。
その時だった。
「大丈夫かね」
突然、僕しかいないはずの空間に声がして、
僕は弾かれたように躰を起こした。
「はい、大丈夫…です」
何が大丈夫なのかもわからないまま、
声の主にそう答える。
いつの間にか、僕を覗き込むようにして近藤さんが
後ろに立っていた。僕はとっさに、読んでいた本を
肘で隠して、ぎこちなく笑った。
「ずいぶん顔色が悪い。熱でもあるんじゃないかね」
怒るようにそう言った近藤さんの、眼差しは優しい。
僕は手の平を額にあてて、自分の体温を確かめると
顔を顰めた。かなり、熱かった。
「ちょっと熱っぽいみたいですけど、大丈夫です」
あまり大丈夫とは言い難かったが、それでも笑う。
図書館の閉館まであと数時間だ。我慢できる。
すると、今度は近藤さんが思いっきり顔を顰めた。
「ただ出勤するだけが仕事じゃないんだ。
しっかり働ける躰じゃないなら、休んで
体調を整えてくれた方が、こっちも要らない
気を遣わずに済むんだよ。今日はもういいから、
早く帰って休みなさい」
そう言って近藤さんはポケットから何かを
取り出すと、僕の手に握らせた。ホットレモンだ。
入り口の自販機で買ったものらしく、まだ熱い。
僕は戸惑いながらも、はい、と頭を下げた。
「すみません。ありがとう、ございます」
「それと、何も食べていないようだが、
食欲がなくても飯は食わなきゃダメだ。
なんでもいいから、食べられそうなもの
を買って帰りなさい。たくさん食べて寝れば、
嫌なことだって忘れられるだろう。次に来る
時は、もっとましな顔で来るように」
早口で近藤さんにそう言われて、僕は一瞬、
答えに詰まってしまった。近藤さんが息を吐く。
「何があったか知らんが、ひどい顔だ」
「あ……」
僕は目元を押さえて下を向いた。
朝、鏡も見ないで来てしまったが、寝不足と
泣き疲れで腫れあがっているであろう瞼は、
熱のせいで熱い。髪だって、跳ねているはずだ。
「すみません。気を付けます」
「明日も無理そうなら、早目に連絡しなさい」
「はい」
ぽん、と一度、僕の肩を叩いて頷くと、
近藤さんは休憩室を出て行った。僕は熱いホット
レモンを両手で包み、目を閉じると、少しだけ、
頬を緩めた。
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