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episodeFinal 永遠のワンスモア
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10年後、斗哉の隣に立っているのは、こんな素敵な服が似合う、
幽霊なんか見ることもない、普通の女性だ。
-----きっと、自分ではない。
ツン、と鼻の奥が痛んで、つばさは息を止めた。
ここで泪を見せてしまえば、今から口にすることが嘘になってしまう。
それだけは、嫌だった。
「斗哉が誰を選んでも、斗哉がどんな道に進んでも、わたしの側から
いなくなっちゃっても……ずっと、ずーーっと、斗哉の幸せを祈ってる。
だから……どんなことがあっても、幸せでいなきゃダメだよ」
最後の方は、声が震えていた。斗哉に気付かれてしまっただろうか?
また一歩、灯篭に近づきながらそう言ったつばさに、斗哉が頷く。
目を細め、少し苦しそうに笑みを浮かべると、わかった、と口にした。
「良かった。じゃあ、わたし……帰るね」
「ああ。もう、飛ばされたりしないようにな」
「うん。気を付ける」
ぺろりと、舌を出しながら肩を竦めて見せる。そうして、また一歩、
灯篭に近づいた時だった。斗哉に別れを告げようと口を開きかけた
つばさの視界が、ふっと暗転し、つばさは元来た、蒸し暑い庭先へと
飛ばされていった。
「薄茶よ。作法などは気にしなくていいから、どうぞ召し上がって」
茶碗を斗哉の前に差し出すと、澄子はそう言ってにっこり笑った。
ありがとうございます、と一礼して斗哉は茶碗を手に取る。茶道の知識は
なくても、そのまま口を付けずに茶碗を回してから頂くことくらいは知っている。
斗哉はぎこちない手つきで茶碗を二回ほど回すと、口を付けて一気に飲み干した。
想像していたよりも、まろやかな抹茶の風味が、口の中いっぱいに広がる。
斗哉は飲み終えた茶碗を見つめると、知らず、小さく息をついた。
「いかがかしら?」
「美味しかったです。何だか気分が落ち着きました」
「そう。それは、良かった」
素直に感想を口にした斗哉に、澄子が満足そうに頷く。そうして、斗哉の
正面に座りなおすと、澄子は突然、両の指先を畳についた。その仕草に
ドキリとして、斗哉も背筋を伸ばす。心をも見透かす澄子の眼差しが、
じっと斗哉を捉えている。
「斗哉さん」
「…はい」
「あの子の魂はまだまだ未熟だけれども、心だけは誰よりも純粋で、
一心にあなたを求めています。この先、若いあなたたちには迷う
ことも、すれ違うこともあるでしょうけど、どうか、最後まであの子の
手を離さずに、側にいてやってください」
穏やかにそう言って、澄子がすっと頭を下げる。斗哉は突然のことに
驚きながらも、結婚の挨拶に訪れた花婿のような心持で、深々と
頭を下げた。そうして、「はい。必ず」と返事をした。
やがて、顔を上げ、にんまりと笑みを浮かべた澄子に、斗哉もまた、
笑みを返す。手の平にはじっとりと汗が滲んでいて、これと似たような
やり取りを、数年後、今度はつばさの両親の前でしなければならないことを
想像し、斗哉は知らず、苦笑いした。不意に、そうだ、と澄子が言った。
「もう一つ、大切なことを言い忘れていたわ」
「大切なこと、ですか?」
澄子の言葉を反芻した斗哉に、ゆったりと頷く。
「そう。詳しいことは何も言えないのだけど、『入り口と出口は同じ』。
その言葉を忘れずに覚えていて欲しいの。あの子のために」
「……わかりました」
何の事やら、さっぱりわからなかったが、斗哉は澄子に言われた通り、
その言葉を脳裏に刻み込んだ。いつかはわからないが、この得体の
知れない言葉が、つばさの役に立つ日が来るのだろう。
-----5年後か?-----10年後か?
つばさの為だというなら、何年でも覚えていられる。
「奥様」
突然、障子の向こうから声がして、斗哉は後ろを振り返った。見れば、
開けられた障子の隙間から、白髪の老婆が部屋の中を覗いている。
幽霊なんか見ることもない、普通の女性だ。
-----きっと、自分ではない。
ツン、と鼻の奥が痛んで、つばさは息を止めた。
ここで泪を見せてしまえば、今から口にすることが嘘になってしまう。
それだけは、嫌だった。
「斗哉が誰を選んでも、斗哉がどんな道に進んでも、わたしの側から
いなくなっちゃっても……ずっと、ずーーっと、斗哉の幸せを祈ってる。
だから……どんなことがあっても、幸せでいなきゃダメだよ」
最後の方は、声が震えていた。斗哉に気付かれてしまっただろうか?
また一歩、灯篭に近づきながらそう言ったつばさに、斗哉が頷く。
目を細め、少し苦しそうに笑みを浮かべると、わかった、と口にした。
「良かった。じゃあ、わたし……帰るね」
「ああ。もう、飛ばされたりしないようにな」
「うん。気を付ける」
ぺろりと、舌を出しながら肩を竦めて見せる。そうして、また一歩、
灯篭に近づいた時だった。斗哉に別れを告げようと口を開きかけた
つばさの視界が、ふっと暗転し、つばさは元来た、蒸し暑い庭先へと
飛ばされていった。
「薄茶よ。作法などは気にしなくていいから、どうぞ召し上がって」
茶碗を斗哉の前に差し出すと、澄子はそう言ってにっこり笑った。
ありがとうございます、と一礼して斗哉は茶碗を手に取る。茶道の知識は
なくても、そのまま口を付けずに茶碗を回してから頂くことくらいは知っている。
斗哉はぎこちない手つきで茶碗を二回ほど回すと、口を付けて一気に飲み干した。
想像していたよりも、まろやかな抹茶の風味が、口の中いっぱいに広がる。
斗哉は飲み終えた茶碗を見つめると、知らず、小さく息をついた。
「いかがかしら?」
「美味しかったです。何だか気分が落ち着きました」
「そう。それは、良かった」
素直に感想を口にした斗哉に、澄子が満足そうに頷く。そうして、斗哉の
正面に座りなおすと、澄子は突然、両の指先を畳についた。その仕草に
ドキリとして、斗哉も背筋を伸ばす。心をも見透かす澄子の眼差しが、
じっと斗哉を捉えている。
「斗哉さん」
「…はい」
「あの子の魂はまだまだ未熟だけれども、心だけは誰よりも純粋で、
一心にあなたを求めています。この先、若いあなたたちには迷う
ことも、すれ違うこともあるでしょうけど、どうか、最後まであの子の
手を離さずに、側にいてやってください」
穏やかにそう言って、澄子がすっと頭を下げる。斗哉は突然のことに
驚きながらも、結婚の挨拶に訪れた花婿のような心持で、深々と
頭を下げた。そうして、「はい。必ず」と返事をした。
やがて、顔を上げ、にんまりと笑みを浮かべた澄子に、斗哉もまた、
笑みを返す。手の平にはじっとりと汗が滲んでいて、これと似たような
やり取りを、数年後、今度はつばさの両親の前でしなければならないことを
想像し、斗哉は知らず、苦笑いした。不意に、そうだ、と澄子が言った。
「もう一つ、大切なことを言い忘れていたわ」
「大切なこと、ですか?」
澄子の言葉を反芻した斗哉に、ゆったりと頷く。
「そう。詳しいことは何も言えないのだけど、『入り口と出口は同じ』。
その言葉を忘れずに覚えていて欲しいの。あの子のために」
「……わかりました」
何の事やら、さっぱりわからなかったが、斗哉は澄子に言われた通り、
その言葉を脳裏に刻み込んだ。いつかはわからないが、この得体の
知れない言葉が、つばさの役に立つ日が来るのだろう。
-----5年後か?-----10年後か?
つばさの為だというなら、何年でも覚えていられる。
「奥様」
突然、障子の向こうから声がして、斗哉は後ろを振り返った。見れば、
開けられた障子の隙間から、白髪の老婆が部屋の中を覗いている。
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