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第五章:蛍の心

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一通り注文を終えた結子が、隣りの席に戻ってきた。

ちびちび、と残っているビールを飲んでいた蛍里に

顔を寄せる。座敷内はすでに賑わっていて、時折

大きな笑い声も聴こえる。耳元で話さないと声が聞き

取りづらかった。

「ねぇ。もう少ししたらさ、谷口さんのところに一緒に

挨拶しに行こうか?」

ちら、と主役席に座っている谷口さんに目をやった。

蛍里も彼女の方を見やる。結婚退職の送別会とあって、

彼女の周りを数人の女子社員が囲んでいる。きっと、

馴れ初めだとか、相手は誰に似ているだとか、そんな

話に花を咲かせているのだろう。蛍里は結子に頷いた。

彼女とは数える程しか話をしたことがないし、お祝いの

言葉をかけるなら、結子と一緒の方がいい。




すると結子は、蛍里に顔を近づけたままで、それとなく

部屋を見渡した。そして、こそっと話した。

「榊専務の人気は相変わらずだけど、滝田くんも女子

からの評価、高いよね。なんか2人とも両手に花って感じ」

その言葉に、蛍里も座敷内を見やって、ほんとだ、と呟く。

専務の両側は総務部の女子が座っていて、その後ろから

も席を移動してきたらしい女子が顔を覗かせている。

対して、滝田の方も営業部と販促部の女子が一人ずつ、

両側を占拠していた。本社に勤務する女子社員はそれほど

多くはないから、その少ない女子の人気を彼らは二分して

いるようにも見える。蛍里は、彼女たちと楽しそうに話して

いる滝田を遠巻きに眺め、頬を緩めた。

「滝田くん、けっこうお酒回ってそうですね。お喋りが楽し

くて、呑みすぎちゃってるのかも」

ふふ、と声を漏らしながら、蛍里はすっかりぬるくなった

ビールを飲み干した。まだ、注文した酒はテーブルに来て

いない。空っぽになったグラスと蛍里の横顔を、少し不満

げに見つめながら、結子が、ぽい、とフライドポテトを口に

放り込んだ。そうして、何気なく言った。

「折原さんさ……榊専務と何かあった?」

突然、思いも寄らぬことを言われた蛍里は、光の速さで

結子を向く。その動揺ぶりをちら、と、横目で捉えながら

結子は頬杖をついた。

「えっ……何かって、何でですか???」

「いやさ。敢えて専務を見ないようにしてる感じだし、

最近、2人とも不自然に距離が遠いから、何かあったの

かな~って思ってたんだけど。もしかして、当たり?」

猫科の目が心を見透かすように、細められる。蛍里は

頷いていいものか、首を振るべきか、判断に迷いながら

結子の顔を見た。そうして、ぎこちなく頷いた。


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