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第五章:蛍の心

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“HOTARU様

僕も、あなたに会いたいです。

緑道公園で待ち合わせをしませんか?

日時はHOTARU様のご都合に合わせます。

                 詩乃守人“




彼からのメールはたった3行だった。

けれど、その3行で蛍里は十分だった。言葉少ことばずく

だからこそ、伝わることもある。自分と同じように、

彼も会いたいと思ってくれている。それ以上に

知りたいことなど、何もなかった。蛍里はすぐに

返信フォームを開いた。そうして、キーボードに

手を添えた。緑道公園なら、詩乃守人がSNSに

アップした場所が、一番わかりやすい。

あの緑道は北から南まで3つの区域に分けて

整備された、総延長2.3キロメートルもある散歩道

なのだ。詩乃守人がSNSに載せた場所は、時計塔

の近くに位置する水上テラスで、蛍里の会社からも

歩いて数分だった。蛍里はメールを打ち始めた。




“詩乃守人様


お返事、ありがとうございます。

待ち合わせは写真に載っていた水上テラスで

どうでしょうか?明後日の19時頃なら、仕事帰り

に立ち寄れます。

                 HOTARUより“





蛍里が書いた返事もまた、要件だけのシンプルな

ものだった。嬉しいだとか、楽しみだとか、そんな

ひと言を添えたい気もしたが、その気持ちは彼に

会えた時に伝えればいいと思ったのだ。蛍里は

送信ボタンを押した。すっ、とメールが送信される。

返事は、きっとすぐに来るはずだ。蛍里は頬杖を

ついて、メールフォームを眺めた。




何となく、目印などなくても彼だとわかる気がした。

だから、自分の特徴や着ていく服なども、あえて

書くことはしなかった。

きっと、あの時間に、あの場所を訪れる人は少ない。

彼も自分がHOTARUだと、すぐにわかってくれる

はずだ。不意に専務の顔が脳裏に浮かんだ。

くっ、と胸が痛みを訴える。

この胸の痛みを忘れられるくらい、詩乃守人の

存在が自分の中で大きくなって欲しかった。

専務が誰かのものになっても、笑っていられる

自分に戻りたかった。蛍里は鞄からハンカチを

取り出した。綺麗に洗濯された男物のハンカチ

には、まだ、彼の香りが残っている。

明日、これを返そう。そしてその次の日は、彼の

ことだけを考えて、会いに行こう。蛍里は顔も

知らないはずの、その人の笑みを思い浮かべ、

そっと目を閉じた。
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