上 下
80 / 104
第六章:蛍の苦悩

79

しおりを挟む
「……だよな。やっぱり、そうだよな。でも、あの人にはさ」

「わかってる」

滝田が言おうとした言葉を、蛍里は遮った。その蛍里に

少し驚いた顔をして、滝田がじっと見つめる。思わず、

語気を強めてしまった自分にはっとして、蛍里は目を

逸らした。

「……ちゃんと、わかってるから、大丈夫。彼のこと……

好きでいても、どうにもならない、って」

消え入りそうな声でそう言った蛍里に、滝田は目を細める。

そうして、穏やかな声で言った。

「俺が……忘れさせてやる、とか言っても駄目?」

その言葉に、蛍里は滝田を見上げた。縋るような眼差し

が、自分を捉えている。ほんの一瞬だけ、その腕に飛び

込んでしまいたい衝動に、駆られた。けれど、そう思った

次の瞬間には、彼の笑みが思い起こされて、蛍里は首を振る。

忘れたくないのだ。この想いを。恋に焦がれる、切なさを。

ずっと、忘れたくない。

「ごめんなさい」

もう一度そう口にした蛍里に、滝田は深く息を吐いた。

そうして、突然目の前でしゃがみ込む。蛍里はその行動に

ぎょっ、とすると、慌てて滝田の前にしゃがみ込んだ。

「たっ、滝田くん?あの……」

滝田はしゃがみ込んだ膝に顔を伏せ、腕で顔を覆っている。

まさか、泣いているのだろうか?どうしよう???

蛍里はオロオロしながら、彼の肩に手をのせた。

その手を、滝田の温かな手が握る。伏せた顔の下から、

くぐもった声が聴こえた。

「いま、俺が何考えてるか、教えてあげようか?」

「……う、うん」

どうやら泣いてはいないらしい滝田に蛍里は頷くと、

その声に耳を澄ました。

「この子、馬鹿だな。って、思ってる。俺を選んでくれれば、

めちゃめちゃ大事にするのに、って」

そう言って、滝田は顔を上げた。笑っている。悪戯っ子の

ように、にっ、と笑って、蛍里の顔を覗き込んでいた。

蛍里はその顔に安堵して、吹き出した。

「うん。わたし、馬鹿なんだ。いっつもね、後になってから

しまったぁ、って思うの。でも、そういう風にしか生きられ

ないんだから、しょうがないよね」

滝田と顔を突き合わせたままでそう言った蛍里に、

滝田は握っていた手を放して、ポンと蛍里の頭にのせた。

そうして、立ち上がる。少しだけ、すっきりとした顔をした

滝田が自分を見下ろしている。蛍里も立ち上がった。

「ありがとうね」

自然に出てきた言葉だった。滝田は小さく首を振る。まだ、

伝えたいことは他にもあったけれど、それは口にしなくても

大丈夫のような気がした。蛍里は、何となく後ろを振り返った。

ここに来た時は数人ほどあった人影が、今はなくなっている。

「誰もいないな」

「うん。ほんと、ここ穴場だね」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

俺のソフレは最強らしい。

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:126

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,171pt お気に入り:451

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,442pt お気に入り:139

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:859pt お気に入り:139

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:14

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,430pt お気に入り:4,186

処理中です...