さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第六章:忍び寄るもの

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 酷く、寂しい声だった。
 そんなはずないのに、満が泣いているよう
に見えて、満留は、ぎゅっ、っと胸が苦しく
なる。思えば、初めて会ったころから満はそ
うだった。

 生きる意味がわからないほど孤独なのだと、
そう、口にしていた。

 だから、なんとなく彼の傍にいてあげたい
と思ってしまうのだ。満がそうしてくれたよ
うに、自分も彼を支えてあげたい。少しでも
寂しさを減らしてあげたい。そんな気持ちに
させられる。その気持ちを、『同情』という
ひと言で片付けるには、心が近づき過ぎた。

 満留は彼の顔を覗き込むと、ぽつりと言っ
た。

 「なんでかな」

 その声に、俯いていた満が顔を上げる。
 満留は臆することなく、向けられる眼差し
を受け止める。あの夜は曖昧な言葉しか口に
出来なかったけれど、いまは違った。

 「どうして、お父さんもお母さんも、満く
んが『寂しい』と思ってることに、気付けな
いんだろう?同じ屋根の下に暮らしてるのに、
なんで、満くんがひとりぼっちにならなきゃ
いけないんだろう?」

 怒りにも似た感情を込めてそう言った満留
に、満は目を瞠る。そして、ほっとしたよう
に目を細めると、小さく頭を振った。

 「さあ、なんでだろう。俺にもよく、わか
らないんだ。けど、うっすらとだけど、母親
がやさしかった記憶はいまも残ってる。もう
ずっと昔、冬の寒い日に母親の赤いカーディ
ガンにしがみついて、二人で夕食の買い物に
行った記憶。俺の頭を引き寄せてカーディガ
ンに包んでくれた母の手が温かかったことだ
けは、憶えてる」

 遠い声をしてそう言うと、満は傍にあった
グラスの水滴を指先ですくった。指を伝って
テーブルに滴り落ちた水滴は、まるで満の涙
のようだった。




◇◇◇




 母、由紀恵ゆきえは深紅が似合う人だった。
 目鼻立ちがくっきりとしていて、母を見た
人は誰もが「綺麗だ」「美人だ」と褒めてい
たと思う。けれど、物心がつくより前から母
の姿はほとんど家になく、俺は父方の祖母、
佐和子さわこの手によって育てられた。

 「お父さんも、お母さんも、お仕事で忙し
いからしょうがないねぇ。授業参観は婆ちゃ
んが観に行くから、算数の問題、頑張って手
を挙げて見せるんだよ」

 「うん、ぼく一番に手を挙げるからね!」

 俺は聞き分けの良い子どもだった。
 年老いた祖母を困らせてはいけないと、
祖母に負担をかけてはいけないと、子ども
ながらにいつも気を使っていたんだと思う。

 母は空を飛ぶのが夢で、その夢を叶えた母
が地上にいる時間は少ない。キャビンアテン
ダントの業務は厳しく、たまに家にいる時も、
時差ボケで身体が辛いといって寝室に籠って
いることが多かった。
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