さつきの花が咲く夜に

橘 弥久莉

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第七章:絡みつく孤独

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 満留は泣き笑いのような顔で息をつくと、
「そうだったんだ。知らなかった」とだけ呟
いた。間髪を入れずに『そうよぉ』と声がし
て、束の間、沈黙が流れる。何かを言おうと
しているらしい気配を感じて、満留はじっと
耳を澄ました。

 『満留ちゃん』

 「はい」

 『もう少しだけ、一人で頑張れるかしら?
主人をヘルパーさんにお願いできたら、すぐ
に駆け付けるから。それまで、待っていてく
れる?』


――あなたは独りじゃないのよ。


 そう、母の声が聞こえた気がした。
 満留は喉に込み上げてくるものを、ぐっ、
と堪える。勇気を出して手を伸ばした先には、
救いの手があった。そしてその手は、泣きた
くなるほどに温かかった。

 「はいっ」

 満留は大きく頷くと、指先で涙を拭った。
 いつの間にか誰も居なくなった談話室の窓
を向けば、雨上がりの澄んだ夜空が一面に広
がっている。その夜空に映り込む自分を眺め
ながら「ありがとう。おばさん」と、満留は
目を細めた。

 母を失った胸はまだ苦しくて仕方なかった
けれど。心に絡みつくような孤独感は、いつ
しか消えていた。





――それからは、怒涛の如く一週間が過ぎて
いった。


 おばさんの電話を切った直後に葬儀社に連
絡を入れた満留は、その後、さまざまな準備
や手続きに追われることとなる。

 忌引休暇の申請から始まり、母の退院手続
き、斎場への搬送と安置。葬儀社との打ち合
わせはあらかじめ母がプランも見積もりも出
してくれていたので簡単に済んだのだけれど。

 葬儀の費用を、と思って母の通帳を開いて
みた満留は、そこに並ぶゼロの多さに思わず、
ぎょっ、としてしまったのだった。

 翌日の夜には駆け付けてくれた中谷のおば
さんがずっと傍にいてくれたけれど。それで
もゆっくり悲しむ暇もないほど、時は目まぐ
るしく過ぎてゆく。

 二日後に執り行われた告別式には、職場
代表として柳と門脇も参列してくれたので、
満留は四人で肩を並べ旅立つ母を見送った。

 澄み渡る旻天びんてんに、形見の雲(※火葬の煙)
が薄く昇ってゆく。その空を眺めながら、


――もう、母は父に会えただろうか?


 と思って涙すれば、隣に立つおばさんが、
そっと真っ白なハンカチを差し出してくれる。

 満留は「ありがとう」と、ハンカチを受け
取りながら、ふと、満のことを思い出していた。

 あの夜から、満の家を飛び出して行った夜
からずっと、中庭には行っていなかった。
 もしかしたら、あの場所で満が待っている
かも知れない。そんな思いが頭を擡げること
もあったけれど、現実的に足を運ぶ余裕がな
かったのだ。
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