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第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

二章-5

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   5

 人里から東にある青葉山では、タマモと恋子がのんびりと山道を歩いていた。
 山道の両側には様々な樹木が生い茂り、周囲を照らしているのは、微かに差し込んでいる木漏れ日だけだ。
 日中だというのに薄暗くなっているが、タマモと恋子は、まるで気にしていなかった。
 目の前を黙々と歩くタマモに、恋子は声をかけた。


「……ここは、陰気が薄いですね」


「そりゃあ、木気の濃い東の砂だからだな、だな」


「……なるほど。木行は陽気でしたね」


「そーゆーことだな、だな」


 振り向かないまま答える様子に、恋子はタマモが不機嫌なことに気付いた。
 なにか、嫌われるようなことをしたか――と記憶を遡った恋子は、自分が名乗りを上げたことで、堅護や墨染と別行動となったのだ。


(……原因は恐らく、これでしょうか)


 恋子は少し歩く速度を増して、タマモの横に並んだ。


「……タマモ殿。烏森堅護殿や墨染殿が一緒でないことが、御不満なのでしょうか?」


「……その通りなんだな、だな。このタマモ様が、最初に目を付けたのにのに。なんで樹霊が横取りしようとするのかな、かな」


「……そのあたりのことは存じませんが。あのお二人の恋仲を邪魔するのは、無粋かと思います」


「……恋仲となぁ? なぁ?」


 タマモは恋子へ、不機嫌そうな目を向けた。


「同衾すらしてないのに、恋仲なんて、んて」


「……そうなんですか? てっきり、もう済ませたものだと」


「奥手の堅護には、無理なんだな、だな」


 タマモの言葉に、恋子は納得してしまった。
 なにせ、アズサが『総受け』と形容する男子である。自分から墨染を誘うなどできないと、恋子は思ってしまった。
 ただ堅護と墨染の場合、嶺花から進展するのを止められているのだが……このことは、恋子はもちろんだが、タマモも知らぬことだった。
 だから、


「……なるほど。つまりは早い者勝ちというわけですね」


 こんな意見が出ても、仕方が無いことである。
 自分の意見に恋子が同調したことで、少し気分が晴れてきたのだろう。タマモは笑顔とまではいかないものの、やや表情を和らげた。


「恋子は、戦えるのか? のか?」


「……争いごとは、苦手です。ですので、アズサ殿から、霊符をお借りしております」


 恋子は着物の袖口から、四枚の霊符を取り出した。
 タマモは呆れた顔で、恋子の顔と霊符を交互に見やった。


「それだけ? だけ?」


「……これだけあれば、充分です」


 恋子は答えながら、再び袖口に霊符を戻した。
 それから数歩と歩く前に、周囲の枝葉が、風と関係無くザワザワと鳴り始めた。足を止めたタマモは、着物の裾から九尾を出した。


「なにか、いるんだな。だな」


「……ええ。気付きました」


 恋子も霊符の一枚を指先で掴みながら、周囲を見回した。
 周囲の木々の上で、なにか細長いものが動いている。タマモは九本の尻尾を操り、木々の上部を横殴りにした。
 尾で薙ぎ払われた枝葉が、辺りに散らばった。その枝に混じって、茶色いしめ縄のようなものが、七つも落ちて来た。
 鱗の代わりに樹皮を覆った蛇のような姿だが、どれも頭部が無い。その代わり、大きな口が、胴体にそのままついていた。
 蛇の変異した妖と言われている、その名は――。


「野槌か? か?」


 自分の言葉に自信がないのか、タマモの言葉には力がない。
 ウヨウヨと動く野槌たちを見ていた恋子が、タマモの背後に廻った。


「……いえ、タマモ殿。野槌にしては、生きている気配がございません」


「なら、なんなんだな? だな?」


「さあ――」


 タマモと恋子は、ここで会話の中断を余儀なくされた。野槌たちが、一斉に襲いかかってきたからだ。
 タマモは大きくさせた九尾で、野槌らを叩き落とした。
 その際、三体の野槌が胴体を砕かれた。予想よりも脆い――と、タマモの顔には余裕の笑みが浮かんだ。


「よわいんだな、だな。これなら、すぐに全部――」


「……タマモ殿」


 恋子に言われるまでもなく、タマモも野槌たちの異変に気付いていた。
 ばらばらになった胴体や肉片が、それぞれに元の野槌の姿へと復元していった。元は七体だった野槌は、この場で十五体を超えた。


「げげ! げげ!」


「……これでは、為す術がありませんね」


 迫り来る野槌たちから、タマモと恋子は退き始めた。
 しかし野槌たちはタマモたちに襲いかかろうと、一斉に速度を増した。


「……逃げましょう」


「だな! だな!」


 タマモと恋子が踵を返した途端、野槌たちが彼女らに飛びかかろうと、身体をくねらせた。
 頭上から葉っぱが散ったのは、そのときだった。
 墨染と一緒に飛んできた堅護が、野槌たちへと片手を突き出した。



 墨染お姉ちゃんと青葉山と移動した俺は、タマモちゃんや恋子さんを見つけた。彼女たちは、蛇みたいなものに襲われていた。


「墨染お姉ちゃん、タマモちゃんたちが危ない」


「堅護さん、すぐに降りましょう」


 墨染お姉ちゃんに手を引かれながら、俺は生い茂る枝葉の中に突っ込んだ。
 枝を抜けた直後、タマモちゃんと恋子さんに、蛇のようなものが飛びかかろうとしていた。
 俺は片手を、蛇のようなものへと向けた。


「神通力――三鈷杵の乱れ打ち!」


 俺は生み出した三〇を超える三鈷杵を、一斉に蛇もどきへと放った。
 三鈷杵に貫かれた蛇もどきは、胴体を粉砕された。だが、血は一滴も出なかった。


「タマモちゃんに恋子さん、大丈夫!?」


「……堅護さん、攻撃は駄目です」


 恋子さんの制止に、俺は「なぜ?」と言いかけた。でも、それよりも先に、蛇もどきが動き出したのを見て、俺は言葉を失った。
 ちりぢりになった蛇もどきの身体が復元を始め――というより、そのまま一匹の蛇へとなっていく姿が見えた。


「な――嘘でしょ!?」


「堅護さん……あの妖もどきは、多助でないと斃せないと思います。あちきたちでは、数を増やすだけ」


「え? そうなの?」


「……はい。ここは、逃げましょう」


 恋子さんは、そう言って霊符を投げた。
 空中で静止した霊符から、霧のようなものが吹き出した。持っていた霊符を一定間隔で投げる恋子さんを先頭に、俺たちは青葉山から逃げ出した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

野槌って、蛇の変異体とかツチノコの仲間とか言われたりしますね。妖ですので、正体が云々というのは無粋かもですが……なにを見て、妖って思ったんでしょうね、昔の人。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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