上 下
32 / 63
第二幕 『黒き山と五つの呪詛』

三章-1

しおりを挟む


 三章 四神の呪い



   1

 俺と墨染お姉ちゃん、そしてタマモちゃんや恋子さんは、真っ直ぐに嶺花さんの屋敷まで戻ってきた。
 そこにはすでに、アズサさんや多助たちもいた。
 嶺花さんは俺たちを見回したあと、水桶から姿を投影している水御門さんへ口を曲げた。


「あんたの言うとおりになったね」


「多助さんから伺った情報から、推測しただけです。どうやら敵は、四神の砂に呪いと護衛を配置したということで間違いないでしょう」


 水御門さんに頷くと、嶺花さんは部屋に入ったばかりの俺たちに、座るよう促した。


「さて……これからのことを考えなくてはならん。呪いと護衛、そして猿神と呪禁師。このすべてを一度に対処するのは、無理だと判断した。そこで、まずは呪いと護衛を排除しようと思う」


「だが、あれを倒すのは至難ですぜ。なにか策がないとな」


 あの多助が難色を示すなんて……と思ったけど、俺たちが見た蛇もどき――野槌というらしい――だって、倒せずに逃げてきたんだ。
 強敵なのは、間違いがなかった。
 気難しい顔で腕を組む多助に、水御門さんは小さく頷いた。


「策が必要なのは、間違いがないでしょう。敵が呪禁道であれば、相剋を利用すれば斃せるかもしれません」


「あの……もう少し分かり易くお願いします」


 俺の願いに、水御門さんは苦笑しながら、小さく手を挙げた。


「すいません。呪術については、初心者でしたね。呪禁道というのは、陰陽道から派生したもの――と伝えられております。なれば、基本的な考え方は同じ。これは、水朱雀である赤翼川にいた化け物が朱雀の加護――つまり火行の妖である多助殿と同じ、火行の存在だったことからも明白です」


 丁寧な説明なんだろうけど、よくわからない。
 俺が曖昧に頷くのを見てから、水御門さんは話を続けた。


「陰陽道に伝わる五行という、ゲームなんかでよく見る属性に近いものがありまして。簡単に言えば、その力関係のことを相生相剋といいます。相剋は相手の力を弱める属性と、思って下さって結構です」


「ああ、なるほど。つまり、火行の相手に火を使う多助さんじゃ駄目で、その――相剋となる相手をぶつけなきゃってことですか?」


「その通りです」


 やっと、少しだけど理解できてきた。
 四神相応とか五神とかの話は、土鬼の起こした異変のときに聞いていたし。あ、でもそうなると、問題が二つほどある気がする。


「あの、沙呼朗さんはまだ――」


「ああ、駄目だな。さっき見たときは、まだ伏せっていた」


 多助の返答に、場が鎮まり返った。
 嶺花さんは盛大に溜息を吐いてから、煙管を口に付けた。


「今、アズサも様子を見に行っているが……さて。個々に呪いを潰していく必要があるかねぇ」


「嶺花殿。それも問題が御座います。風水――四神、もしくは五神を利用した呪いとなると、個別に解くのは危険かもしれません。四神相応の地は、四方の〈砂〉の均整によって成り立ちます。今、人里を襲っている呪いも、四神によって均整をとっている可能性が高いですから」


「……悪い、水御門殿。簡潔にお願いしたい」


 嶺花さんからの注文に、水御門さんは一礼をしてから、改めて口を開いた。


「これは、申し訳ない。つまり、個別に呪いを解いていくのではなく、一度に呪いを解く必要があるということです。一つ一つ潰していくと、呪いが乱れて、予想外の弊害が生じるかもしれません」


 最後に、「あくまでも予測ではありますが……」と断りを入れてから、水御門さんは話を終えた。
 嶺花さんは難しい顔をしながら、再び煙管をふかした。


「面倒なことになったねぇ」


「しかし、すべての呪いを同時に解くなど不可能ではありませぬか? 護衛を斃し、猿神を退けねばならぬ以上、誤差は出ると存じますが」


 新たな問題を指摘した次郎坊に、嶺花さんの表情が更に険しくなった。元々がSッぽい顔をしているから、こういう顔の嶺花さんはちょっと怖い。
 しかし水御門さんは、首を僅かに振った。


「いえ、そこまで厳密ではなくて構いません。例外はありますが、呪いというのは基本的に、緩やかに進行するものです。一時間から二時間のずれなら、大丈夫でしょう」


「あの……あちきも気になることが一つあります。呪禁……道? というのは、よく知りませんけれど。相手も呪術の担い手だとしたら、こちらの動きを読んでいるのではないかしら?」


「墨染、それは正論なんだがね。しかし、呪いも長く放置するわけにもいかないのさ」


 嶺花さんは溜息を吐きながら、墨染お姉ちゃんに答えた。


「それを承知した上で、敵の誘いに乗ってやるしかないんだ。運が良ければ、呪いを解くだけで終わってくれるだろうよ」


 最後は、少し投げやりな口調だった。
 煙管を何度も吹かしながら、嶺花さんは頭をボリボリと掻いた。


「それじゃあ、また五つに別れて――」


「あ、待って下さい。五つの属性がいるなら、金と水はどうするんです?」


 沙呼朗が伏せっている上に、金行の加護を得た妖は味方にいない。現状では、二箇所の対応ができない――そんな俺の問いに、腕を組んだ流姫さんが肩を竦めた。


「沙呼朗とかいう、玄武の加護を得た妖の代わりは、あたしがやろう。ただ、黒水山から離れると、全力は出せなくなるがね」


「そうなると、問題は金行か」


 そう言って目を閉じた嶺花さんは、しばらくしてから俺へと顔を向けた。


「烏森、悪いが金鬼――いや、今はヤマアラシか。あいつの説得に行ってくれ」


「え? あの、俺……多分、嫌われてますよ?」


「そんなことは承知してる」


 あ、俺がヤマアラシや鬼たちから嫌われてることは、知ってるんだ。その上で俺を名指しした嶺花さんは、険しさを残しつつも表情を和らげた。


「あたしの勘でしかないが、あんたが一番の適任だ」


「……部外者ですが、発言をお許し下さい」


 背筋を伸ばした恋子さんに、嶺花さんは鷹揚に頷いた。


「あんたは今回の件については、部外者だと思っていないよ。それで、なんだい?」


「……ありがとう、ございます。その……ヤマアラシの説得、烏森殿と御一緒しても宜しいでしょうか?」


 恋子さんの申し出に、先ずは墨染お姉ちゃんが反応した。目を見広げた墨染お姉ちゃんを片手で制した嶺花さんは、顎に手を添えた。


「そりゃ、構わないが……理由を聞いていいかい?」


「……わたくしは、戦いには向きません。ですが、説得であれば少しは、お役に立てるでしょう」


「ふむ……わかった。それじゃあ、烏森と一緒に行っておくれ。多助は次郎坊と西の白鉱山。説得が上手くいけば、ヤマアラシはタマモと青葉山へ行って貰う。烏森は恋子と黒水山、墨染はアズサと〈穴〉へ。赤翼川へは、流姫様とあたしが行く」


 嶺花さんが割り振りを決めると、墨染お姉ちゃんが俺に微笑んできた。


「それでは堅護さん。〈穴〉までは御一緒しましょうね」


「うん。そうだね――」


 俺が答えた直後、庭から大きな音が響いてきた。板が強い力で討ち砕かれたような、そんな音に、広間にいた全員が庭の方向を振り向いた。


「何ごとだい?」


 嶺花さんが煙管を置いたときには、すでに次郎坊が縁側に続く障子戸を開けていた。
 音がしたのは、多助と沙呼朗が住んでいる小屋だ。すでに逃げていたらしいアズサさんが、俺たちの姿を見て大声を出した。


「こっちに来ないで下さい!」


 アズサさんの声を聞いた直後、小屋の中から大きな青色の光が飛び出してきた。角のある龍のような胴部に、亀に似た胴体。
 そんな姿をした妖が、虚ろな目で空を見上げた。


「呼んでいる……呼んでいる……」


「呪いに呼ばれたか!? さ……沙呼朗、意識を手放すな! 自我を保て!!」


 多助の必死な呼びかけも虚しく、あの妖――蛟の沙呼朗は、北の空へと飛んでいってしまった。

--------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

まずは、地震に遭われた方々におかれましては、お見舞い申し上げます。

こちらも、少しばかり揺れたようです。ただ、そのときにはもう寝てましたので、まったく気付きませんでした。

蛟の真の姿は、水木しげる先生の妖怪図鑑を参考にしました。メガテンだと、もうちょい格好いいんですけどね。

最後に少しだけ宣伝……「屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです」もよろしくお願いします。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む

処理中です...