上 下
45 / 63
第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』

一章-2

しおりを挟む

   2

 俺たちが人里での見回りを初めて、二日目の夜になった。
 曇りなのか星や月などは一切、見えなかった。家屋や店、長屋から漏れる灯りが無ければ、人里の道は歩くのが困難なほど真っ暗だ。
 初日は夜通しの見回りをしたんだけど、俺たちは侍を見つけることができなかった。だけど出現はしたみたいで、被害にあった妖が出てしまった。
 作業着を着た俺は一人で、西側の裏通りを歩いていた。墨染お姉ちゃんは、アズサさんと一緒に風呂屋の周辺を廻っている。風呂屋を使う女性の警護のため――ということだ。
 他のみんなも、各々に人里を巡回しているはずだ。
 俺は定期的に神通力で夜目と聴力を増加させながら、周囲を見回していた。前回と前々回の状況から侍は遭遇した妖に、まず声をかけることが、わかっている。
 その会話を聞き逃さないよう、耳を澄ませているんだけど……まあ、夜の町ということで、目的の声よりも……なんと言っていいのか。
 夫婦の営みを初めとして、少数だけど男と男の営みとか、女性と女性の営みなんてのが聞こえてきて、かなり個人的に困った事態になっている。


「まいったなぁ……」


 俺は顔が赤くなるのを感じながら、足早に裏長屋の近くを通り過ぎた。
 侍の噂は人里中に広まっているみたいで、夜もまだ早い時間なのに、人通りはまったく見かけない。
 屋台や娯楽の一つである矢場のある盛り場の商人なんかは、「商売あがったりだよ」などと、困り顔で話していた。盛り場の天ぷら屋さんや蕎麦屋さんとかには、お世話になってるからなぁ……早めに解決してあげなきゃ。
 裏長屋から離れて西側の門に近づいた俺は、町の外で灯りの光があるのを見つけた。


「なんだろう?」


 誰かいるのなら、侍に狙われたら危ない。
 俺は人里から出ると、灯りへと向こうことにした。町から出ると視界が真っ暗になって、暗視がなければ、真っ直ぐに歩くことすらままならない。
 うっすらと見える道に沿って歩いていると、森に入る手前で小屋が見えてきた。
 数人の男性の声が、小屋から聞こえてくる。雨戸が少しだけ開かれていて、灯りはそこから漏れているようだった。


「神通力――動体視力、体術、思考能力増強」

 
 神通力で能力を底上げしたのは、念のためであって、ビビッているわけ――いや、ちょっとだけビビッてるけど、なんども死闘を潜り抜けきだけ、人界にいたころより躊躇いはなくなっている。
 俺は深く息を吸ってから、板戸をノックした。


「すいません。入ってもいいですか?」


 俺が呼びかけると、中の声が一斉に止んだ。
 どこか緊張した雰囲気が伝わってくる中、濁声の男性の声がした。


「……誰かね」


「あの、人里の……嶺花さんのところの烏森といいます」


 男性の誰何に俺が返事をすると、中から安堵の気配が伝わって来た。数秒して扉の向こう側でガタガタと音がしたあと、板戸が横に開いた。
 出てきたのは、ボサボサ髪をした中年の男性だ。少々息が臭いけど……まあ、そこは我慢だ。


「烏森って……黄龍の加護を得た、次郎坊って木の葉天狗の色――」


「あ、最後の部分は違いますから」


 俺がやんわりと否定すると、男性は怪訝そうに身体を傾けた。
 小屋にある囲炉裏の周囲に、木こりらしい三人が座っていた。そのうちの二人は妖のようで、犬頭と鉋の付喪神だ。


「ああ、噂の侍かと思ったよ」


「いや、すいません。でも、皆さんはここでなにを?」


「なにって……遅くなったから、待機所で一晩明かそうって話になってよ。なにせ最近、この奥の廃寺で変な光を見たからよ。お化けなんじゃないかって、怖くてよ……」


 と、怯えているのは犬頭だったりする。
 お化けを怖がる妖……いや、まあ。妖も色々なんだって、そう思うことにしよう。俺は木こりたちから廃寺の場所を聞くと、小屋をあとにした。
 廃寺は、小屋から歩いて一時間くらい森の奥に入ったところにあった。瓦張りの屋根や壁は朽ちかけて、穴だらけだ。
 扉も失われた門から中に入ると、生い茂る雑草や苔、そして朽ちた本堂が、不気味な様相を醸し出していた。
 本堂に入ってみると、中には仏像を初めとする仏具の類いは、なくなっていた。
 予想よりも空気は綺麗だし、なにより床に埃が積もっていない。まるで、最近になって誰かが掃除したように見える。
 増幅された聴力で周囲を探ってみたけど、呼吸をしているような音は聞こえない。


「……誰もいない、かな?」


 俺が本堂から出ようとしたとき、階段になった部分に真新しい傷を見つけた。その傷は、どこか木の棒で叩いたかのような、歪にへこんだ傷跡だ。
 どうやら木こりたちの言った通り、ここに出入りした者は確かに居たらしい。
 廃寺から出た俺は、人里へと戻ることにした。この廃寺のことは、嶺花さんたちと情報を共有したほうがいい。
 早足で歩いて森から出たとき、すぐ横から木材同士が鳴る音が聞こえた。
 振り向くと、袴姿の朧気な影が立っていた。青色っぽい着物に、灰色の袴、そして腰には黒い鞘に収められた刀を下げている。
 それに、ちょんまげを結った頭とくれば、どこから見ても立派な侍だ。


「要石を探している――場所を教えろ」


「その目的はなんです? それに、事情はともかく刀で妖を斬ったのは、あなたですよね。町の長が、話を聞きたいと言ってます。一緒に、来て貰えますか?」


町長まちおさ――貴殿、何者だ?」


「……烏森堅護と言います」


 俺が名乗った途端、侍の目が細められた。
 どこか悩むような表情を一瞬だけ見せたけど、それもすぐに消え、その顔から一切の感情が消えた。


「貴殿は悪人ではなさそうだが――こちらも事情がある。そちらの申し出は受けることはできぬ。そして――貴殿に恨みはないが、ここで斬る」


 闇夜に、白刃が煌めいた気がした。


「――参る」


 その言葉の直後、侍は疾風の如き一撃を放ってきた。居合いというのか、間合いを詰めた瞬間に抜刀、その勢いのまま俺に斬りかかってきた。
 予め身体能力を上げてなかったら、躱せなかった。
 刃が作業着の袖を掠めて斜め左方向に振り上げられた瞬間、刃が反転した。俺が後ろに跳ぶと、直前までいた場所へと刀が振り下ろされた。


「見事――」


「褒められても、嬉しくないって。恨みを買った覚えはないのに、なにをするんだ!?」


「こちらの都合で悪いとは思うが――退けぬ事情がある」


「くそっ! なら、手加減はしないからな!! 神通力――三鈷杵乱舞っ!」


 俺の叫び声に呼応して、頭上に現れた十数本の三鈷杵が、一斉に侍へと襲いかかった。


「ちぃ――」


 侍は刀で降り注ぐ三鈷杵を叩き落とすけど、すべては無理だった。
 刃をかいくぐった二本の三鈷杵が、侍の左肩と右の太股に突き刺さる。だけど、血は一滴も出なかった。
 侍は顔を顰めながら踵を返すと、森の中へと駆けだした。


「待て!」


 もちろん、俺は侍を追いかけた。森の中は暗くて、夜目を強化してなければ、すぐに見失いそうだ。
 しばらく追走劇が続いたとき、頭上から物音が聞こえてきた。猿が木の枝を飛び移るような音が、木の葉を落としながら俺の前方へと出た。
 なにかがいるのか――俺が視線を少し上へと向けた瞬間、巨大な顔が落ちて来た。頭髪のない、ぎょろ目の男の頭部だけど、俺の背丈よりも大きかった。
 俺ににやっとした笑みを見せた直後、男の頭部は光を放ちながら弾けた。


「な――!?」


 体液や肉片など、そういったものは一切飛んで来なかった。
 代わりに散り散りになった紙片が、地面に落ちていた。


「これは……まさか、式神ってやつ?」


 息を吐きながら前を向けば、もう侍の姿は見えなくなっていた。

 嶺花さんに、どやされそうだな……。

 そんなことを考えながら、俺は一応、侍が去って行った方角を探してみたけど……空が白ばんできた頃になっても、やっぱり見つからなかった。

---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回……女っ気がまったくないですね(滝汗

男臭い話ですが、どうか御了承下さいませ。次回はちゃんと女性キャラも出ますので。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む

処理中です...