天狗の転生と言われて、何故か妖怪の世界を護ることになりました

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
53 / 63
第三幕 『呪禁師の策と悲恋の束縛』

二章-5

しおりを挟む

   5

 ぼんやりとした夕日が沈んでから、一時間が経過した。
 森の中にある廃寺では、本堂だった板張りの部屋に、墨染が独りで座していた。正座をした膝の上で手を重ね、目を閉じている。
 眠っているというわけではない。なにかを待つように、姿勢を正したままで、静かに目を閉じていた。
 そんな墨染の前には、木製の人形が壁に凭れるように置かれていた。夜空に浮かぶ月が高く昇った頃、この人形を包むように、陽炎のような影が出始めた。
 その影は次第に人の形を取り始め、数十秒をかけて侍の姿となった。


「安貞様……」


 正座をしてままで、墨染は深々と頭を下げた。
 安貞は最初はぎこちなく立ち上がったものの、姿勢を正してからは、動作も滑らかになっていった。


「墨染……待たせてしまったな」


「いいえ。ここで座していただけですから」


 静かに微笑む墨染に、安貞はどこかホッとしたような顔をした。
 墨染の前で胡座をかくと、安貞は膝に手を置いて、墨染に微笑んだ。


「要石を探し出すだけではなく、破壊までしてくれたとはな」


「あの要石には、妖や怪異避けの呪言が刻まれていましたから。あちきも近寄れませんでしたが、操った蔦などの植物には影響がありませんでしたから。きっと、今の安貞様ではご苦労なさると思った次第です。余計なことをしでかしたのであれば、心から謝罪申し上げます」


「いや、墨染。余計だなんて言わねぇよ。むしろ拙者のために、そこまでしてくれたことに、感謝をしているくらいだ」


 安貞は墨染の肩を抱きかけたが、木製の人形に施された呪のことを思いだし、慌てて手を引っ込めた。


「仕事のためとはいえ……この身体は難儀なものだな」


「すぐに、仕事は終えられますから。そうしたら、自由になれるのですよね?」


「ああ。そういう話だ。新しい身体を得て、おまえとも添い遂げることができる」


 安貞は墨染に微笑んだあと、思案げに右手を顎に添えた。


「東の要石が失われたとなれば、次を探す必要があるな。東からだと……北か、南か。どちらがいいんだろうな」


「それでしたら、北がよろしいかと存じます。黒水山であれば、何度か登ったことがありますから、安貞様の道案内役ができると思いますし」


「ほお……いや、それは有り難い」


 安貞はどこか納得をした顔をすると、すくっと立ち上がった。
 顔から笑みの消えた安貞を見上げた墨染が、僅かに腰を浮かせた。


「安貞様、黒水山へ行かれるのですか?」


「いや……そういうわけじゃねぇ。あの御方に、今後のことを伝えてくる。それに、要石の情報も得られるかもしれねぇしな。墨染――すまないが、御主はここで待っていてくれねぇか。すぐに戻る」


「……はい」


 墨染が深々と頭を下げると、安貞は微笑みながら頷いた。それから早足に本堂を出て、そのまま廃寺をあとにした。
 安貞が向かったのは、森の奥だ。木こりたちが使う獣道もなく、月明かりさえも通さぬ鬱蒼とした森の中に、紫色の衣を着た男が佇んでいた。


「権左右衛門殿」


「安貞……首尾はどうだ?」


「はい。東の要石は、墨染が破壊してくれたそうです」


「ああ……今朝、青葉山が赤く光っていたのは見た。人里――天狗もどきと仙女が去ったあと、俺も周囲を調べてみたが、文字の刻まれた破片が転がっていた。要石を破壊したという墨染の言葉は、嘘じゃなさそうだ」


 権左右衛門は言葉と真逆に、鼻に皺が寄るほどの顰めっ面をしていた。
 そんな依頼人の様子に、安貞は不安げに問いかけた。


「なにか……おかしなところでもありましたか?」


「破壊された要石に関してではねぇんだが……俺には墨染が、これほど簡単に人里を裏切るとは思わなかったんでな」


「ああ……今は人里で世話になっていたと、そう仰有ってましたな」


 安貞は微笑みながら、小さく手を擦り合わせた。


「小野小町姫――いや、今は墨染ですか。彼女は、拙者と恋仲です。あれは情が深い女ですから、義理よりも恋心が勝っただけだと思いますが。現に、次の要石は北が良いと、助言もしてくれました」


「ほお……まあ、そうだと良いんだがな」


 フッと息を吐いた権左右衛門は、微かに首を振った。


「まあ、しばらくは警戒を怠るな。東の要石を破壊までしたんだ。おまえさんの味方であることには、間違いはないだろうさ。それに人里の長とて、簡単に元の鞘に戻せはせんだろうしな」


「ええ。拙者も同じ考えです。新たな身体を得るために、協力してくれるでしょう。烏森堅護でしたか。気の毒だが……彼を討てば、本当に身体を戴けるのでしょうな?」


「ああ、それは保証するさ。だが、一つ気をつけておけ。烏森の死体がそのまま、おまえの身体になる。なるべく、五体満足な状態で殺せよ?」


「な――っ!?」


 権左右衛門が言い放った言葉に、安貞は目を剥いた。


「そ、そんな外道な――最初の話とは違いやしませんか!?」


「いや。違わねぇさ。だれも、一から身体をこしらえるとは言ってねぇ。安貞さんよ。おまえは、おまえ自身の身体を、自分で手に入れるんだよ」


「巫山戯るな! 拙者に、己の宿願のためだけに人を殺めろと申すのか!?」


「ああ、そうだ。そうだよ、安貞――いいか、俺の言葉を、よく聞くんだ」


 権左右衛門は抑揚の少ない、平坦な口調で語り始めた。


「おまえは、俺だけを信じ、俺の言葉だけに従っていればいい。それが、強いては安貞――おまえ自身の幸福に繋がるんだ。肉体を得て、墨染と添い遂げたいんだろ?」


「……肉体を得て……墨染と添い遂げる……そうです」


 どこか意志の感じられない目つきで、安貞は権左右衛門へと答えた。
 権左右衛門は安貞の様子を注視しながら、次の言葉を口にした。


「いいかい、安貞。これは、おまえが決めたことでもあるんだ。俺の申し出を断ることもできたはず……そうだろう? しかし、おまえは嬉々として、俺の申し出を了承したんだ。なあ、安貞。嘘を言うのは、善くないことだろ?」


「仰有る、とおりです……嘘は、いけない」


「そうとも! なら、おまえがやるべきことはわかるな?」


 権左右衛門の問いに、安貞は無表情のまま頷いた。


「拙者は……権左右衛門殿の仰有る通りに、烏森堅護を殺し、その身体を手に入れます」


 夢遊病者のような顔の安貞の様子に、権左右衛門は満足げに頷いた。


「そうだ。それで、いい。これで、おまえの目的は魂に刻まれた。俺と別れたら、このやり取りは忘れるが、目的だけはしっかりと意識に根付く……いいな?」


「はい」


 安貞が頷くと、権左右衛門は「それでは、行け」と短く命令を下した。
 森の中を安貞が去って行くのを見ながら、権左右衛門は苛立たしげに肩を揺らした。


「これだから、まっすぐな性根のヤツは扱いにくいやな。人心操作の呪符を仕込んでおいて良かったが……こう何度も使うとなると、面倒だな。人里の中で呪術を使うのは、控えてぇのにな」


 フッと息を吐いた瞬間、忽然と権左右衛門の姿が消えた。今しがたまで彼が居た場所には、一枚の呪符だけが落ちていたが――それは独りでに発火し始め、やがて灰になって風に舞い散ってしまった。

   *

 暗闇の中。
 廃寺の本堂で独り、安貞の帰りを待っていた墨染の元に、鎌鼬三兄弟のハジメとナカゴが飛んできた。
 二匹は墨染の前で畏まったように跪いた。


「墨染の君、只今戻りました」


「仰せつかっておりました件、すべて完了して御座います」


「……ありがとう」


 憂いを帯びた顔で頷く墨染に、ハジメが躊躇いながら深々と頭を垂れた。


「僭越ながら……墨染の君にお尋ね申し上げまする。人里に戻らなくてもよろしいのでしょうか?」


 ハジメの問いに、墨染は僅かに息を呑んだ。一度だけ唇を固く結んだが、やがて諦めに似た笑みを浮かべた。


「無理よ、ハジメ。あちきはもう……人里にとって裏切り者。戻ることはできないわ」


「ですが、烏森堅護殿も心配しておいででした。皆に事情を話せば、理解して頂けるやもしれませぬ」


「そうでございます。烏森殿なら、お味方になって下さるでしょう」


 ハジメに続いて、ナカゴが意見を述べた。
 墨染は堅護の名を耳にして、二匹に見えないよう顔を伏せた。


「いけないわ、ハジメ、ナカゴ。あちきにはもう……堅護さんに会う資格はないの。安貞様がこの世にいないことなど……理解していたのに。祝言を挙げようと言われて……断ることができなかったの」


 墨染は指先で瞳を拭うと、鎌鼬の二匹へと哀しみを孕んだ顔で微笑んだ。


「おまえたちは……人里に戻りなさい。そのほうが、きっと幸せになれるわ」


「なにを仰有います! 我らが仕えるのは、墨染の君で御座います。ほかの誰にも、従うつもりは御座いませぬ」


「例え人里のモノに討たれることがあっても、決して後悔など致しませぬ」


 真剣な顔で見上げてくる二匹に、墨染は深々と頭を下げた。


「……ありがとう。愚かな主で、ごめんなさいね」


「勿体ない御言葉でございます」


 墨染が頭を上げたとき、シンガリが風を伴いながらやってきた。
 ほかの二匹同様、畏まったように跪くと、恭しく頭を下げた。


「墨染の君――安貞様が帰って参ります」


「……そう。おまえたちは、隠れていなさい」


 墨染の指示に従って、三匹は廃寺の天井に空いた穴から、外へ出て行った。
 再び独りになった墨染は、姿勢を正して安貞の帰宅を待ち続けた。

---------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

金曜日に間に合った……ちょっとホッとした瞬間です。
権左右衛門の言葉が真実がどうかは、一章-5辺りを参考に……というところです。
陰陽師で反魂の呪術を使ったのは、安倍晴明あたりでしょうか。ほかの陰陽師ができたかというと、これは謎です。

少しでも楽しんで戴けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

妖精の森の、日常のおはなし。

華衣
ファンタジー
 気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?  でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。  あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!? 「僕、妖精になってるー!?」  これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。 ・毎日18時投稿、たまに休みます。 ・お気に入り&♡ありがとうございます!

農民レベル99 天候と大地を操り世界最強

九頭七尾
ファンタジー
【農民】という天職を授かり、憧れていた戦士の夢を断念した少年ルイス。 仕方なく故郷の村で農業に従事し、十二年が経ったある日のこと、新しく就任したばかりの代官が訊ねてきて―― 「何だあの巨大な大根は? 一体どうやって収穫するのだ?」 「片手で抜けますけど? こんな感じで」 「200キロはありそうな大根を片手で……?」 「小麦の方も収穫しますね。えい」 「一帯の小麦が一瞬で刈り取られた!? 何をしたのだ!?」 「手刀で真空波を起こしただけですけど?」 その代官の勧めで、ルイスは冒険者になることに。 日々の農作業(?)を通し、最強の戦士に成長していた彼は、最年長ルーキーとして次々と規格外の戦果を挙げていくのだった。 「これは投擲用大根だ」 「「「投擲用大根???」」」

封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する

鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。 突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。 しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。 魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。 英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~

shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて 無名の英雄 愛を知らぬ商人 気狂いの賢者など 様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。 それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま 幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。

忍者ですが何か?

藤城満定
ファンタジー
ダンジョンジョブ『忍者』を選んだ少年探索者が最強と呼ばれるまで。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...