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第二章~魔女狩りの街で見る悪夢
プロローグ
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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました 第二章~魔女狩りの街で見る悪夢
プロローグ
土砂降りの雨が降る夜。
ボロを身に纏った幼子が、街を当てもなく歩いていた。年の頃は、五、六歳くらいだろうか――伸びに伸びたボサボサの金髪に、やせ細った手足。
親と死別、または捨てられた孤児は、少なくない。この幼子も、その一人だった。
幼子が歩いているのは、排泄物や生ゴミの臭いが漂う裏通りだ。視界は悪く、足元すら覚束ない。
空腹に加えて全身を打ち付ける雨粒で、幼子の体力は限界に近かった。左手はだらん、と垂れ下がっていたが、右手は胸元で硬く握られていた。
「……大丈夫。大丈夫」
自分に言い聞かせているように、同じことをブツブツと繰り返し呟く幼子の耳に、か細い鳴き声が聞こえてきた。
幼子の歩みが、僅かに早くなった。
裏通りを抜けて大通りに出た幼子は、家屋の屋根の下に子犬が蹲っているのを見つけた。
さほど広くない屋根の下では、ほとんど雨は凌げていない。しかし、右前足の足首に傷があるせいで、これ以上は歩けなかったのだろう。
身体のほとんど濡らしている子犬の鳴き声が、徐々に小さくなっていく。
幼子は、そんな子犬の姿を自分に重ねていた。どんなに願っても、望んだとしても、誰も助けてくれない。その姿は、自分そのものだった。
「……おいで」
もう逃げる体力もないのだろう。か細く鳴き続ける子犬は、幼子に抱き上げられた。
「痛い? もう大丈夫だからね。傷を治そうね」
幼子が子犬の足首を撫でるように、手を添えた。
数秒して幼子が足首から手を放すと、傷は消えていた。
「もう大丈夫だよ」
子犬は傷が癒えたことに気づいたのか、鳴くのを止めて幼子の顔を見上げていた。
幼子は大人しくなった子犬を抱きしめ、その温もりを確かめた。少しでも雨を凌ごうと、痛み出した右足を庇いながら、壁に凭れかかった。
そんなとき、幼子の横に一人の男が近づいた。
あからさまに人相の悪い、血の付いた革袋を手に提げた男は、驚いた顔で幼子を見下ろしていた。
「おい……そこのガキ。今のは……魔法か? このカラガンドの街で?」
子犬を抱きしめながら怯える幼子に、男は薄気味の悪い笑みを浮かべた。
*
知り合いからの手紙を読んでいた俺――トラストン・ドーベルは、頭の中で貯蓄の金額を思い出していた。
俺がいるのは、営んでいる古物商の店内だ。店的には、古物店っていうのが正しいのかもしれないけど。
さして広くない店内には、古めかしい家具や装飾品、蛮族が使ったといわれる蛮刀なんかが、所狭しと陳列してある。
ものによっては、陳列というよりは置いてあるだけ、という代物もあるけど……祖父から店を受け継ぎ、若干十六歳で店を切り盛りしているのだから、そこは大目に見て欲しい。
とにかく俺は、手紙の内容と貯金額とを頭の中で攪拌し、整理し、色々な条件やら今後の生活やらを想像していた。
〝トト――どうした?〟
カウンターの上で頭を抱えながら唸り声をあげていた俺は、首から提げた指輪からの声で、無事に我に返ることができた。
声の主はもちろん、ガランだ。
この指輪は、幻獣王であるドラゴンのガラン――本名は長くて、もう忘れた――の魂が宿っている。ガランとは、俺が幼いときからの付き合いだ。
幻獣とは太古に滅びた種だと、ガランから聞いている。滅びる直前に、ガランは幻獣たちの魂を鉱物や宝石の原石に封じたのだ。
ひょんなことから出会った俺たちは、ここ最近までガランの身体を探し続けていた。
ローウェル伯の孫娘、クリスティーナ・ローウェル嬢の依頼で、伯爵の屋敷で起きていた幽霊騒ぎを調査する中、俺はめでたくガランの身体を見つけることができた。
そのあと色々あったけど……俺たちは新たな契約を結んで、今も共にいる。
ガランの声で顔を上げた俺は、手紙をフラフラと振った。
「爺さんの知り合いで、スレントさんって人からのお知らせなんだ。カラガンドって街にいる商人が、屋敷の家財を売り出すんだってさ」
〝家財――人の暮らしには必要なものではないのか?〟
「ある程度はね。破産したり、赤字の補填とかあるんでしょ。向こうは売りたいばっかりだから、稀に掘り出し物が出るんだよね。カラガンドは少し遠いからさ……普通なら断るんだけど」
ガランとの契約のことを思い出しながら、俺は肩を竦めた。
「たまにはいいかな……って思ったから、手持ちの資金で足りるか考えてた。ついでっていうと聞こえは悪いけど、契約は守りたいしね」
〝無理はしなくともいいのだぞ?〟
どこか気を遣った感のあるガランに、俺は苦笑した。
「いや。俺も少し興味があるんだよ。スレントさんが、わざわざ手紙で情報をくれるなんて珍しいしさ」
俺は椅子から立ち上がると、床下にある隠し金庫から革袋を取り出した。
カラガンドまでは、馬車では時間がかかるし、安全とは言い難い。今なお、山賊が出る場所もあるらしいと聞く。
比較的ではあるが、安全に行く方法はただ一つ。
「汽車に乗って行こうか。俺もこの世界じゃ初めてなんだよね」
予約も必要だったかな――そんなことを考えながら、俺は店の鍵を閉めると駅へ向かった。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回のシステム上、やはり出遅れ感がすごいです(滝汗)
プロットを作るのが時間かかりますね……やはり。
間隔が空きつつのアップとなりそうです。お察し下さい。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
プロローグ
土砂降りの雨が降る夜。
ボロを身に纏った幼子が、街を当てもなく歩いていた。年の頃は、五、六歳くらいだろうか――伸びに伸びたボサボサの金髪に、やせ細った手足。
親と死別、または捨てられた孤児は、少なくない。この幼子も、その一人だった。
幼子が歩いているのは、排泄物や生ゴミの臭いが漂う裏通りだ。視界は悪く、足元すら覚束ない。
空腹に加えて全身を打ち付ける雨粒で、幼子の体力は限界に近かった。左手はだらん、と垂れ下がっていたが、右手は胸元で硬く握られていた。
「……大丈夫。大丈夫」
自分に言い聞かせているように、同じことをブツブツと繰り返し呟く幼子の耳に、か細い鳴き声が聞こえてきた。
幼子の歩みが、僅かに早くなった。
裏通りを抜けて大通りに出た幼子は、家屋の屋根の下に子犬が蹲っているのを見つけた。
さほど広くない屋根の下では、ほとんど雨は凌げていない。しかし、右前足の足首に傷があるせいで、これ以上は歩けなかったのだろう。
身体のほとんど濡らしている子犬の鳴き声が、徐々に小さくなっていく。
幼子は、そんな子犬の姿を自分に重ねていた。どんなに願っても、望んだとしても、誰も助けてくれない。その姿は、自分そのものだった。
「……おいで」
もう逃げる体力もないのだろう。か細く鳴き続ける子犬は、幼子に抱き上げられた。
「痛い? もう大丈夫だからね。傷を治そうね」
幼子が子犬の足首を撫でるように、手を添えた。
数秒して幼子が足首から手を放すと、傷は消えていた。
「もう大丈夫だよ」
子犬は傷が癒えたことに気づいたのか、鳴くのを止めて幼子の顔を見上げていた。
幼子は大人しくなった子犬を抱きしめ、その温もりを確かめた。少しでも雨を凌ごうと、痛み出した右足を庇いながら、壁に凭れかかった。
そんなとき、幼子の横に一人の男が近づいた。
あからさまに人相の悪い、血の付いた革袋を手に提げた男は、驚いた顔で幼子を見下ろしていた。
「おい……そこのガキ。今のは……魔法か? このカラガンドの街で?」
子犬を抱きしめながら怯える幼子に、男は薄気味の悪い笑みを浮かべた。
*
知り合いからの手紙を読んでいた俺――トラストン・ドーベルは、頭の中で貯蓄の金額を思い出していた。
俺がいるのは、営んでいる古物商の店内だ。店的には、古物店っていうのが正しいのかもしれないけど。
さして広くない店内には、古めかしい家具や装飾品、蛮族が使ったといわれる蛮刀なんかが、所狭しと陳列してある。
ものによっては、陳列というよりは置いてあるだけ、という代物もあるけど……祖父から店を受け継ぎ、若干十六歳で店を切り盛りしているのだから、そこは大目に見て欲しい。
とにかく俺は、手紙の内容と貯金額とを頭の中で攪拌し、整理し、色々な条件やら今後の生活やらを想像していた。
〝トト――どうした?〟
カウンターの上で頭を抱えながら唸り声をあげていた俺は、首から提げた指輪からの声で、無事に我に返ることができた。
声の主はもちろん、ガランだ。
この指輪は、幻獣王であるドラゴンのガラン――本名は長くて、もう忘れた――の魂が宿っている。ガランとは、俺が幼いときからの付き合いだ。
幻獣とは太古に滅びた種だと、ガランから聞いている。滅びる直前に、ガランは幻獣たちの魂を鉱物や宝石の原石に封じたのだ。
ひょんなことから出会った俺たちは、ここ最近までガランの身体を探し続けていた。
ローウェル伯の孫娘、クリスティーナ・ローウェル嬢の依頼で、伯爵の屋敷で起きていた幽霊騒ぎを調査する中、俺はめでたくガランの身体を見つけることができた。
そのあと色々あったけど……俺たちは新たな契約を結んで、今も共にいる。
ガランの声で顔を上げた俺は、手紙をフラフラと振った。
「爺さんの知り合いで、スレントさんって人からのお知らせなんだ。カラガンドって街にいる商人が、屋敷の家財を売り出すんだってさ」
〝家財――人の暮らしには必要なものではないのか?〟
「ある程度はね。破産したり、赤字の補填とかあるんでしょ。向こうは売りたいばっかりだから、稀に掘り出し物が出るんだよね。カラガンドは少し遠いからさ……普通なら断るんだけど」
ガランとの契約のことを思い出しながら、俺は肩を竦めた。
「たまにはいいかな……って思ったから、手持ちの資金で足りるか考えてた。ついでっていうと聞こえは悪いけど、契約は守りたいしね」
〝無理はしなくともいいのだぞ?〟
どこか気を遣った感のあるガランに、俺は苦笑した。
「いや。俺も少し興味があるんだよ。スレントさんが、わざわざ手紙で情報をくれるなんて珍しいしさ」
俺は椅子から立ち上がると、床下にある隠し金庫から革袋を取り出した。
カラガンドまでは、馬車では時間がかかるし、安全とは言い難い。今なお、山賊が出る場所もあるらしいと聞く。
比較的ではあるが、安全に行く方法はただ一つ。
「汽車に乗って行こうか。俺もこの世界じゃ初めてなんだよね」
予約も必要だったかな――そんなことを考えながら、俺は店の鍵を閉めると駅へ向かった。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回のシステム上、やはり出遅れ感がすごいです(滝汗)
プロットを作るのが時間かかりますね……やはり。
間隔が空きつつのアップとなりそうです。お察し下さい。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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