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第三章~幸せ願うは異形の像に
一章-4
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カラガンドに到着した俺とガランは、安宿に宿泊の手続きをしてから、街へと出た。
もう夕刻が近いので、出来れば急いで情報を集めたいところだ。俺は前回来たときに知った、裏通りへと入っていた。
ここはカラガンドでも珍しい、無頼者が集まる場所らしい。
俺はあまりキョロキョロしないよう、しかし周囲を伺いながら薄暗い通りを進んだ。
やがて、小汚い小屋が見えてきた。目つきの悪い男が出てくると、道端にいた知り合いらしい男に駆け寄った。
「わかったぞ――に、いるらしい」
「あんなところにか? まあいい、行くぞ」
二人とも凄みのある笑みを浮かべて、俺の横を通り過ぎていった。
俺はガラン――竜の指輪を握り締めながら、小屋へと歩いた。
「ガラン――《精神接続》」
〝――承知〟
ガランの声を聞きながら小屋のドアに手を伸ばしかけた俺は、視線を感じて動きを止めた。ガランに教えて貰わなくても、こんな殺気の籠もった視線なら俺でもわかる。
「……ガラン、ドアのどちらに居ると思う?」
〝向かって右。強い殺気だな〟
「そうだね。気をつける」
小声での会話――小声だったのは俺だけだけど――を終えると、俺は深呼吸をしてから、ドアを開けた。
「ごめんください」
右に注意を向けていると、固く組んだ両拳が俺に振り下ろされた。それを寸前で躱そうとしたが、右肩を掠めてしまった。
鈍い痛みを右肩に覚えながら、俺は素早く周囲を見回した。
俺に殴りかかってきたのは、上半身が裸の大男だ。無精髭を生やしているが、その右頬には大きな傷跡が見え隠れしていた。
部屋の奥では、時代がかった黒いローブ姿の老人が床に座っていた。痩せこけてはいるが、飢えには無縁そうな肌つやをしていた。
俺は油断なく大男を注視しながら、老人に声をかけた。
「客に対して、乱暴なことしますね」
「……客? なにを言っているのか、理解できんな。勝手に他人の家に入り込んで、なにを言っている」
「えっと……さっき出た男たちの会話から、ここで情報が買えると思ったんですけどね。入り方とかに作法があったのなら、すいません。そこまでは、調べきれてなかったので」
俺の返答を聞いて、老人は僅かに目を細めた。
しばらくのあいだ沈黙が続いたが、やがて老人が手を手前に振ると、用心棒らしい大男はドアの横まで退いていった。
「まったく……最近は、こんな若造までもがここを知るのか」
「知ったのは偶然ですよ。まあ、前回はここを使う機会がなかったので」
「前回とか、わからん話をするな」
「……すいません。この街で広まっていた悪魔信仰の悪夢の件で、色々と調べてましたので。教会がらみでしたから、裏の世界では情報が少ないと思いましたので、ここには来ませんでした」
「ほお――」
老人の目に、面白そうな光が浮かんだ。
「教会の司祭が交代、元強盗犯の侍祭と教会に身を潜めていた暗殺者が捕まったと聞いたが……おまえの仕業だと言いたいのか?」
「仕業とかは言われると困りますけど。関わってはいましたよ。少なくとも、あの侍祭を血まみれにしたのは、俺です」
「ふん――そこまで知っているのなら、まるっきり嘘でもなさそうだ。それで、商売の件だったか?」
「ええ。怪盗黒狼について、知っていることがあれば」
「――ふん、あいつか。いいだろう。銀貨で三枚で手を打とう」
思ったより安い――そう思いながら、俺は銀貨三枚を老人の三歩先に置いた。俺が二歩だけ後ろに退くと、老人はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「まったく、若いのに用心深いヤツだ」
「まあ……それなりに場数は踏んでますので。財布を掏られたり、短剣を突き立てられたりは御免です」
「ふん。まあいい……実のところ、知っていることは多くない。ヤツは最近まで、裏の世界でも動いていなかったからな。なんだったか……異形の像と新聞では騒いでいるらしいな。実際には、その像と一緒に多少の金品も盗まれているらしい。正体については、こちらも把握はしておらん。ヤツを追っているなら、その像を持っているヤツを探したほうが早いだろうな」
「……でしょうね。ヤツが盗みに入る前、誰かが来るとか、そういった情報はないですか?」
「さあて……盗みに入られた場所は、連日の訪問者が耐えない屋敷ばかりだ。古くからの領主や貴族だった奴らだな。そこに共通点があるのかもしれんが、生憎と歴史なんてものには興味が無い」
「なるほど――情報は以上ですか?」
「ああ。次に来るときは、ノックを三、二、三でしろ」
「次に来ることがあれば。ありがとうございました」
俺は早足に小屋から出ると、大通りに出てから盛大な溜息を吐いた。裏社会と接触するのは、いつやっても緊張する。
大した情報は手に入らなかったが、気になるのは『訪問者が連日来てる』、『古くからの領主や貴族』の二点くらいか。
あ、もう一つ――『裏の世界では動いていなかった』というのも気になる。
あの異形の像を手に入れるためだけに、怪盗をしているとしたら……もしかしたら、背後に幻獣がいるかもしれない。
あとは、目的の町までの移動手段を調べないと。
俺が急ぎ足で大通りを進んでいると、若い女僧にぶつかりそうになった。
「あっと、すいません」
「いえ――あ! えっと、この前の!!」
なにやら、溌剌とした声の女僧に指をさされた俺は、周囲から注目を浴びることとなった。女僧はまだ若い。俺よりも少し上くらいだろう。青い瞳に、金髪の眉、クリス嬢とは違う愛嬌のある、そして華やかな顔立ちをしていた。
「え? えっと――」
「ああ、ほら、あたし! シスター・アリサと一緒にいたじゃん」
記憶を遡った俺は、そこで漸く思い出した。シスター・アリサやシスター・マリーと一緒にいた、名前の知らない女僧だ。
「そういえば……ええっと、名前は聞いてませんでしたよね」
「あ、そっか。あたし、シスター・キャラスン。シスター・キャシーって呼んでいいよ」
喋ったことは無かったと思うけど、こんな軽い性格だったのか。
女僧って、もう少し物静かな立ち振る舞いって印象があったし、事実、前回見たときはほとんど無口だったはずだ。
俺がそれを指摘すると、シスターキャシーは「だってさぁ」と前置きをした。
「あたしが素を出すと、シスター・アリサが五月蠅いんだもん」
シスター・キャシーが唇を尖らせながら答えたとき、側を通りかかった労働者たちから声が飛んできた。
「シスター・キャシー! ナンパでもしてるのかい?」
「いやあ、是非したいんですけどねぇ。それやっちゃうと、破門になっちゃうかもですからねぇ」
答えながら労働者たちと笑い合っていたシスター・キャシーは、唖然とした俺の視線に気づくと、少し照れたような笑みを浮かべた。
「あたしさ、人々から慕われるシスターより、街の人から愛されるシスターを目指してんの」
「なるほど。まあ、そういうのも良いかもですね」
堅苦しい雰囲気を好まない人も多いし、気軽に話ができるというのは、一部の層には受けが良いかもしれない。
話をしているあいだに、日も随分と傾いてきた。
そろそろ町で行く手段を調べにいかないと――と思ったとき、シスター・キャシーがポンと手を叩いた。
「ねえ! 教会に泊まっていかない? シスター・アリサも喜ぶと思うし」
「あ、いえ。少し調べものをしたいですし、宿はとってあるので」
「そうなんだ……で、なにを調べるの?」
「えっと……ラントンって町に行きたいんだけど」
俺が手書きの住所を見せると、シスター・キャシーは「なんだ」と笑顔になった。
「この、あたしの故郷の近くじゃん。行き方ならわかるよ?」
「本当ですか? 教えてくれたら助かります」
俺は素直に礼を言った――のだが、シスター・キャシーは顎に人差し指を添えながら、少し考える素振りをみせた。
「じゃあ、こうしよう。行き方は、あたしが教えてあげる。そのかわり、君は晩ご飯を食べに来る。交換条件ってことで……どう?」
「……へ? あ、いや、俺が行ったら迷惑なんじゃ」
「いやいや。シスター・アリサは喜ぶと思うし、新しい司祭様も、一度会いたいって言ってたし。よし、決定!」
「ちょ――待った、待って下さいって!!」
いきなり腕を掴んできたシスター・キャシーは、俺の制止に「聞こえなーい」と知らんぷりを決め込みながら、教会へと歩き始めた。
*
長い――数十秒はあったであろうお祈りの言葉が終わると、教会の修道士や女僧たちは食事を始めた。
「トラストン・ドーベル君。いや一度、一緒に食事でもと思っていたんだよ」
年の頃は五〇歳前後くらいだろうか。柔和そうな細身の男性、イリシャン司祭はその役職に関わらず、小綺麗さを感じなかった。
よれよれの僧服に、頬や顎に髭の剃り残しすらある。
「信者さんらの前で話すときだけ、小綺麗にしればいい」
初対面で目を丸くした俺に、イリシャン司祭はそう言って笑っていた。
なんでも、教会内にある高価な装飾品は、必要最低限を除いてすべて売り払い、悪魔崇拝者として捕らえた人々への援助資金に充てたそうだ。
……できた人が来たものである。
俺はテーブルの上や壁にある燭台を見ないようにしながら、イリシャン司祭に頭を下げた。
「この度は……ご相伴にあずかり、ありがとうございます」
「そんな畏まらんでいいぞ、少年。君のおかげで、この教会は正常化――おっと、以前の姿を取り戻すことができた。礼を言わねばならんのは、儂らのほうだ」
野菜が主菜のスープを一口飲んだイリシャン司祭は、好奇心を露わにした顔で話を続けた。
「それで、この街には観光かね? それとも……うちの女僧たちに会いに来たとか」
「いえ――その、残念ながら、ラントンって町へ行く途中なんです。その――仕事っていうと語弊はありますが、用事があって」
ふと俺は、この司祭に石像のことを訊いてみたくなった。
教会の司祭であれば、宗教的なことには詳しいかもしれない。
「あの……最近、巷を騒がせている怪盗黒狼というのがいるんですが。彼が盗み出している異形の石像とか御存知ないですか?」
「異形……どういう形かな?」
顎に手を添え、怪訝そうな顔をするイリシャン司祭に、俺は身振りを交えて説明を始めた。
「猿のような頭に、トカゲに似た胴体、腕には豚や猫の頭部がついてます」
「ふむ……奇妙な像だなぁ」
イリシャン司祭が首を捻ったとき、シスター・キャシーが勢いよく手を挙げた。
「あ、あたし、そういうの見たことありますよ!」
「シスター・キャラスン、お止めなさい。はしたない。トラストンさん、すいません。若い者が失礼を」
俺の真向かいに座っていたシスター・アリサが謝罪をするが、司祭はシスター・キャシーへ、話を促すように小さく頷いた。
シスター・キャシーは司祭の了承ということで、そのまま話を続けた。
「うちの故郷の近くに、そういった像を奉った、小さな集落があるの」
「集落……怪しさしかないですが」
「そんなことないよ。孤児とかを集落で育ててるの。そこの長は女性なんだけど、近くの村なんかでは、聖女様って呼ばれてるし。ただ、そこ地図には乗ってないのよね。ええっと、確か……少し待ってね」
どうやって行き先を説明するか考えているのだろう、シスター・キャシーが口を閉ざすと、イリシャン司祭が面白そうな笑みを浮かべた。
「よっしゃ。それでは、シスター・キャラスン。トラストンさんを、その集落まで案内して差し上げなさい。トラストン・ドーベルさん。ラントンの町へ行く前に、その集落に寄ってみてはどうかな? 両方とも、シスター・キャラスンの故郷から近いのであれば、大きな寄り道にはなるまいて」
「それはそうですが……行き先さえ教えて頂ければ、自分で行きますよ」
「いや、結構入り組んでるんだよ、あの辺り。うん。わかりました、司祭様。不肖、このシスター・キャシ――キャラスン、恩義あるトラストン――さんを、ラントンの町と集落へ御案内いたします!」
妙に芝居がかった台詞回しで、シスター・キャシーはイリシャン司祭に最敬礼をした。
ただ、彼女の顔には大きく『やった! 仕事がサボれる!!』と、書いてあるような気がしてならないのは、果たして俺だけなのだろうか?
明日は予定通りなら、クリス嬢と合流予定なんだけど……シスター・キャシーが同行することを、どう説明するべきだろう。
それを考えると、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、怖い。
色々と考えるのを放棄して、俺は思った。
……どうしてこうなった? 色々と面倒くさいんだけど、この状況!!
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
あうの接続障害、皆様は大丈夫でしたでしょうか?
身の回りを見てみても、知り合いなどにそこそこ影響が出たみたいです。中の人は別のキャリアですので、被害はありませんでしたが……。
ネット社会は、こういうのが起きると困ります。一種の災害レベルですね、状況によっては。
知り合いの一人は、出先からチケットの購入をしようとしたら障害だったとかで。急いでフリーwifiの使える場所まで行ったようですが、チケットは完売。
「慰謝料請求したい。支払いはライブのチケットで」
などと、意味不明のことを口走る始末。
気持ちは分かるんですけどね……。
スーパーに行って特価のキャベツが売れ切れだったら、ショックだし。気持ちはわかるけど――そう言ってみたところ、「一緒にすんなボケ」と言われました。
なんか納得いかないですので、今度会ったら慰謝料を請求しようと思います。とりあえず、支払いはキャベツ一玉でお願いします。
次回は、出来上がり次第……来週は少し涼しいという予報ですし、スピードアップしたいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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