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第三章~幸せ願うは異形の像に
二章-3
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夕方になり、俺たちはトマラの町の宿に泊まった。
俺たちは掃除をしながら、剥がせそうな床板を開けたり、屋根裏を見たりしたんだけど……結局、異形の像は見つからなかった。
明日、もう一度調べさせて貰う約束を取り付けて、一時撤退となったのだ。
女性陣は同じ部屋、俺はリューンと同じ部屋――と思っていたら、リューンから別部屋にすると言われてしまった。
灯りの件があるから俺にとっても有り難かったが……一部屋分の宿賃を考えると、心境としては複雑だ。
暗闇の中、俺が窓から外の景色を見ていると、部屋のドアがノックされた。
「――トト、少しよろしいですか?」
「……良いですよ」
俺が返答をすると、クレア嬢が部屋に入ってきた。俺のことを知っている彼女は、灯りを持ってはいなかった。
クレア嬢はベッドに腰掛けると、ほうっと溜息を吐いた。
「……見つかりませんでしたわね」
「そうですね……どこに隠してあるんだか。ガランも気配は感じてたみたいですけど、正確な場所までは、わからないみたいで」
〝トトの持っている像もそうだが、気配がかなりぼやけている。あの場所にあるのは間違いないが、正確な場所までは感知できぬ〟
俺を補足する形で、ガランが答えた。
「エイヴの持つユニコーンも、同じことを言ってましたわ。明日はどうしましょう? 商店というのは、隠し金庫とか隠し部屋なんてあるんですの?」
「まさか。そんなのがある店なんて、珍しいと思いますよ」
まあ、俺の店には隠し金庫はあるけど。それでもカウンターの裏で、物の下という好条件があったから、詐欺師などから自分と店を護るために造っただけだ。
あんな古びた店に、隠し金庫はともかく各自部屋があるとは思えない。
「でも、あのお店には思い出が詰まっていたのかしら。屋敷のお庭に、そのまま残すなんて」
「思い出……か」
あの奥方の話では、先代はどこかの村から出てきて、身一つで商売を行って財を成したのだ。古い店や、当時のものには、それなりに愛着なんかはあったんだろうけど。
俺が思考に埋没しかけていると、クリス嬢が口を開いた。
「一つ理解できないのは、なんで息子夫婦に像や……財産もですけど、隠しているんだろうってことなんです。資産なんですから、そのまま譲渡すればいいのに。遺書も、死後すぐではなく、期間を空けているのも不思議ですわ」
「そういえば、そうですね。俺がそういうことをするときは――きっと、息子夫婦を信用してないときですね」
驚いた顔をするクリス嬢に、俺は屋敷の方角を指で示した。
「多分なんですけど。あの夫婦は商売でなにか、大きな損失をしたかもしれないですよ。俺たちを客扱いして応接室に通しておきながら、茶の一つも出してない。資金繰りに苦しくて、お茶代すら節約しているのかもしれないですね。
あ――もしそうなら、俺たちに異形の像を探させているのは、ついでに財産の在処を見つけさせようって腹かもしれませんね」
そう考えると、あの奥方の言動にも合点がいく。
随分と嘗められたものだが、こちらの事情を考えれば仕方が無い。そこで思考を切り替えて、俺は自分が先代ならどこに像や財産を隠すか、考え始めた。
信用できない息子夫婦。どこかに財産や異形の像を継ぐに相応しいか、吟味しようにも彼らは、迂闊に本性を露わにするだけの愚かさはない。
自分の死後に、彼らを試すしかない――なら、どうする? あの店の内部を見る限り、息子夫婦は先代の過去に敬意を払ってはいないようだ。
田舎から出てきて、あの店で商売を営むまでにも、相当な苦労があったはずだ。あの古い店の中にあったのは、そんな自分の生きた証――。
そこまで考えたとき、頭に閃いたものがあった。
顔を上げた俺は、窓の外で動く影を見た。闇夜に紛れるように、建物の影へと誰かが小走りに駆けていったのが見えた。
……やっぱりか。
俺は立ち上がると、荷物から投擲用のナイフを下げたベルトを取り出した。
「クリス嬢、荷物の番をお願いしてもいいですか? ついでに、下までの誘導をお願いしたいんですけど……」
「そんなものを持って、どちらへ行かれるのです?」
「少し、捕り物を」
「わかりました。下まで送りますわ」
クリス嬢は神妙な顔で頷くと、俺の手を握った。
ランプが灯る時間は、ホント厄介である。
*
人目を避けるように、黒ずくめ男が裏道を進んでいた。
黒い覆面に口元を黒い布で覆った姿――怪盗黒狼である。物陰に隠れながら、通行人をやり過ごしつつ、この町で一番大きな商人の屋敷へと向かっていた。
裏道や物陰を選んでいるため、少々大遠回りになっているが、人目につく危険を冒すわけにはいかない。
随分な時間をかけて、黒狼は屋敷の近くまで辿り着いた。
侵入経路は――と塀に沿って歩いていると、目の前に人影が飛び出てきた。
「くそ――ギリギリ追いついたぜ」
荒い息を吐きながら、俺は黒ずくめの男――黒狼の前に躍り出た。
黒狼は俺を見ながら、明らかに狼狽えていた。
「な――なんでここに?」
「そりゃ、てめえに壊れた商品分、きっかり弁償して貰うためだ。ついでに、とっ捕まえて、二度と盗みに来られないように、警備隊に引き渡してやるから覚悟しろ」
俺が投擲用のナイフを持って構えると、黒狼から舌打ちの音が聞こえてきた。
黒狼も構えをとった――と思ったら、右の手の平を前に出してきた。
「ちょ――待てって。壊した商品とか覚えないし」
「は? おまえが逃げるときに倒した棚に、壺が割れたろ」
「いや――覚えてないし」
「覚えてないで済むか! 弁償と諸経費と心理的慰謝料を搾り取ってやるからな。金貨で百万枚ほど準備しとけ!」
「無茶苦茶言ってんじゃねーよ!」
黒狼は怒鳴り返してくると、俺を指さした。
「そんなことより、なんで俺がここにくると思った?」
「は? しらばっくれるな、リューン。こいつは、おまえのヤツだろ?」
俺はポケットから、粘土に埋もれた親指大のバネを取り出して、黒狼の前に放った。
カシャン、と音を立てて跳ねたバネが転がるのを目で追った黒狼は、このときになってようやく身構えた。
「……どこで気づいた。今日、この屋敷に入ったときか?」
「いや。この前、おまえが俺の家に盗みに入ったときだ。鍵受けに粘土のようなものがこびり付いてるのに気づいてさ。俺の店に来たときに、こいつを仕込んだってわけだ。鍵受けから、鍵のロックする部分を押す仕掛けか? これだけじゃ弱いから、ドア枠の傷から推測すると、ヘラかなにかでこじ開けたんだろ。ま、鍵もまさか内側から押されるなんて想定外だろうしな」
この世界は元の世界に比べ、技術的要素が発展してないからなぁ……この程度でロックが戻されてしまうらしい。
元の世界でも、古い鍵はこういうこと出来た気がするけど……家の鍵は、もう少し高価なものに変えることを検討しよう。
「そいつは今日、転ける振りをして、あの屋敷でおまえが仕込んだやつを剥ぎ取ったやつだ」
「そういえば、そんなことしてたな。だが、ひとつわからない。あの仕掛けから、どうして俺だと思ったんだよ。ほかにも客はいたろ?」
黒狼――リューンの問いに、俺はフンっと鼻を鳴らした。
「簡単なんだよ。あの日の客は、像を売りに来た貴族とクリス嬢、それにおまえだけだったからな。貴族もそうだが、クリス嬢も俺の店に盗みに入る理由がない。消去法とか使うまでもなく、おまえしかいねーってことだ」
俺の返答に、黒狼はやや半目になった。肩の辺りが脱力しているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。
たっぷりと数秒の間を空けてから、黒狼は呆れたような声で言ってきた。
「いやそれ……店の経営やばいだろ、大丈夫か?」
「うるせぇな! ほかの日でちゃんと売り上げはあるんだよ!! 大体、こんなことはどうでもいいんだよ。さあ、身ぐるみ剥いでやるから覚悟しろ!」
「おま――強盗みたいなこと言うな!!」
素早く間合いを詰めた拳を寸前で躱した黒狼は、壁を蹴って空中で反転すると、俺の背後に着地した。
しかし、俺もその動きは読んでいる。俺は姿勢を低くすると、着地の寸前を狙ってヤツの足を払おうとした。
だが、それもつま先を掠めただけだ。無理矢理に身体を反らした黒狼は、つま先を俺から遠ざけていた。
「くそっ! 今日は諦めるから、やめろって!!」
「それじゃあ弁償と諸経費と慰謝料寄越せ!」
怒鳴りながら、俺は拳をフェイントにして、蹴りを放った。完全に隙をついた一撃が、黒狼の横腹に食い――込まなかった。
その寸前で、なにか水っぽいものが俺の蹴りを防いでいた。
「やめなさい――」
かなり嗄れているが、女性のものっぽい声が聞こえてきた。
俺と黒狼はお互いに怪訝な顔をしながら、水の壁みたいなものから離れた。ゆらゆらと揺れていた水の壁は、俺たちの背の高さほどもある水の蛇へと変貌した。
「ここで争うことは、許しません。大人しく帰りなさい」
「あんたはなんだ――幻獣か?」
俺の問いに、水の蛇は僅かに首を向けてきた。
「知る必要はありません。争いを止め、帰りなさい」
そう言い残した途端、水の蛇の身体が崩れ、あとには水たまりしか残らなかった。
俺と黒狼は、しばらく水たまりを眺めていた。突然に現れた水の蛇に、俺たちは戦意を失っていた。気が削がれたというか――そんな感じなんだろう。
先に口を開いたのは、黒狼だ。
「……それじゃあ、大人しく帰るか。あんなの怒らせたら、どうなるかわかったもんじゃないしな」
「あのな……ああ、くそっ。なんなんだよ、まったく」
「いいじゃないの。仕掛けがないんじゃ、俺も忍び込めないし。聖女様のために、ここは協力しようぜ」
「……マジかよ」
ここの像を手に入れるっていう約束はしたけど。確かにしたけど! 黒狼に最期まで協力することになるなんて。
あの蛇――この件にもやはり幻獣は絡んでる。
満天の星空の下で、俺は頭を抱えたい衝動を抑えながら、酷く重い溜息を吐いた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
今回、鍵の話が出てますが、現代の鍵は押しても戻らないです。家のヤツで試しましたが、無理でした。
小学生くらいのとき、祖母の家にあった納屋の鍵は、指で戻った記憶があるんですけどね。今回はその記憶だけで書いていたりします。
最古の鍵はエジプトらしいのですが、それは閂に杭を差す感じらしいです。
中世期の鍵は、簡単にマスターキーっぽいのが作れたそうで。それをスケルトンキーというらしい、というのを今回知りました。
エルダースクロールシリーズに出てくるスケルトンキーは、これか元ネタか、と思った次第。
髑髏のキーじゃないのね……。
次回は、月ー水くらいにはアップしたいです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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