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第三章~幸せ願うは異形の像に
二章-4
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翌朝、宿の一階で合流した俺たちは、窓に近い席で朝食を摂った。
六人掛けのテーブルで、俺の真正面に座ったリューンは複雑そうな表情で、ソーセージを頬張っていた。
横やりが入ったとはいえ、俺とリューン――黒狼は、昨晩に一戦やらかしたあとだ。俺が一方的に殴りかかってた、というのが正しい表現かもしれないが、それだけに気まずい空気が流れていた。
そんな空気を察していながらも、クリス嬢は上品に食事を続けていた。
リューンが怪盗黒狼であること、そして商人の屋敷の前で起きたことすべては、昨晩のうちに、クリス嬢に話をしてある。
その上で、冷静な表情のままで食事をしているのだから、その精神力は大したものだと思う。
エイヴは伯爵の屋敷とは違う、質素だが庶民的な味つけの料理を、懐かしそうに味わっている。場の雰囲気には気づいていないのか、普段と変わりない笑顔を見せてくれている。
問題なのは……唯一の聖職者である、女僧のシスター・キャシーだ。
俺とリューンは、互いにチラチラと相手の様子を伺っていた。そんな俺たちを交互に観察をしていたシスター・キャシーは、千切ったパンを皿の上に置いた。
そして、小さく咳払いをしてから、俺からリューンの順に視線を動かした。
「一応、神に仕える者として、一つだけ言っておきます」
そう前置きをしてから、やけに神妙な顔をして、シスター・キャシーは言った。
「同性愛は禁止ですからね。そのあたりは自重して下さい」
……はい?
いきなりなにを出すんだ、この人は。もしかして脳みそ腐ってる類いの人なのか――リューンも似たようなことを思ったらしい。新たなソーセージを口に運ぶ途中だったフォークを、テーブルに落としていた。
そんな俺たちの表情を見て、シスター・キャシーは己の過ちに気づいたらしい。
少し慌てた顔のシスター・キャシーは、俺たちを見回してから、気まずそうに頬を一回だけ掻いた。
「あ、あれ……違った?」
「当たり前です。なに考えてるんですか」
俺が逆に質問をすると、シスター・キャシーは周囲に誰もいないことを確認してから、やや声の大きさを落とした。
「いやねぇ……教会って、そういう事案が意外と多いのよねぇ。司祭や侍祭、修道士とかもそうだけど、女性との交渉は禁止なのよ。だから男性と――という人も少なくなくて」
シスター・キャシーの告白に、俺たちはどう答えていいか、わからなかった。
ただ一つ言えるのは――。
意外とタダレてんな、教会。
場の雰囲気が微妙というか、なんともいえない感じになってしまった。
まあ、朝食に集中するには丁度いいとするべきか。俺がパンを二つに割ったとき、クレア嬢が顔を上げた。
「ところで、今日もお屋敷で宝探しを行いますのでしょ? なにか対策というか、目星はついておりますの?」
クロス嬢の問いに、リューンは朝食を食べる手を止めて、乱暴に頭を掻いた。
「とはいってもなぁ……虱潰ししかねぇだろうなぁ。屋根裏とか床下は探したから、壁を剥がして――」
「いや、そんな無駄なことしなくてもいいだろ」
俺の言葉に、朝食を食べることに腐心しているエイヴを除いた、全員の目が俺に注がれた。いつものようにパンにソーセージを挟んでから、俺はその視線たちに向けて肩を竦めた。
「まだ、推測でしかないけど」
「トト――なにか思いつきましたの?」
「思いついたわけじゃないですよ。あの奥方――息子も含めて信用ができないと仮定したとき、俺ならどうするかなぁっと思っただけで」
「ど、どこだ? どこにある!?」
テーブルに手をついて、リューンは身を乗り出してきた。
その勢いのままに飛んできた唾から、俺は手製のホットドッグを遠ざけた。もう片方の手でリューンを追い払ってから、俺はホットドッグに齧り付いた。
一口目を呑み込んだ俺は、椅子の背もたれに凭れかかった。
「まだ仮定の話だよ。現地に行ってから、確かめていくさ。間違ってたら、ごめんって感じ」
「なんだよそれ」
ガックリと項垂れるリューンに、俺は皮肉たっぷりに答えた。
「先に答えを言ったら、先走るヤツがいるかもだしさ。ギリギリまで内緒だよ」
俺は皮肉交じりに答えてから、ホットドッグに齧り付いた。
*
屋敷を訪問したのは、昼を少し過ぎてからだった。
昼食が終わってからのほうがいい、というクリス嬢の意見に、俺たちは従った。こういうのは貴族のほうが正しい判断をしてくれる。
使用人に案内されて、古い商店に入ると、俺は先ず店の中を改めて見回した。
昨日の掃除で、ある程度のゴミは一箇所に纏めてある。
動いていないのは手押しの荷車と、十字の台に着せられた古びた衣類だけだ。
店内を一通り見回してから、俺は窓から外の様子を見た。
使用人の一人が、しゃがみこんで草を刈っていた。客人に茶は出さないが、庭の整備はそこそこに力を入れている――と。へぇ……。
俺が他に使用人がいないか、外を見回していると、リューンが声をかけてきた。その口調や表情から、一刻一秒も待ちきれないといった雰囲気だ。
「それで、どこにあるって?」
「落ち着けよ。外を見てみな」
「外って、使用人しかいない――」
そこで言葉を途切れさせたリューンは、窓から一歩だけ離れた。そして違う窓から度とを見て、そこにも使用人の姿があることに気づくと、店の中央で俺を手招きした。
「……つまり、見張られているって?」
「そういうこと。少し、時間をかけようと思う。みんな――そういうわけで、少しのあいだ、適当に探してる振りをして下さい」
俺の指示に、女性陣は怪訝そうにしながらも、周囲に散った。多分、指示の意味を即座に理解したのはリューンだけだ。
つまり、見つけた像を横取りされる可能性ってことなんだが……考え過ぎかもしれないが、念には念を入れておきたいところだ。
ここの先代に従って、あの奥方は信用しないほうがいい。
俺は棚に置かれた、帳簿らしい冊子を手に取った。どんな売り上げかたをしてるのかな――と興味を持っていた俺の目に飛び込んできたのは、数字ではなく文字の海だ。
文章を読んでみると、先代がまだ中年だったころのことが書かれていた。
(これ……日記か?)
流し読みで内容を読んでいた俺は、とある夏の日の出来事で目を止めた。
その頃の先代は事業も軌道に乗り、商売の手を伸ばしている最中だった。その日、先代は領主に呼ばれたらしい。領主の屋敷には領主と先代のほかに、五名の貴族や富豪が集まっていた。
そこから掻い摘まんで内容を読み解くと、領主が不思議な力がある像を、集められた六名に託したようだ。
人の世を不幸にするであろう像を、人手に渡さぬよう守り抜いて欲しい――そんな願いを六名は受けた。
革袋一杯の金貨が、前金代わりの報酬として渡されたようだ。先代は像を保管する金庫を購入し、それ以外を事業の拡大に充てた。
それから何年か経ったある日、夜道を歩いていた先代は、巨大な蛇に遭遇したとある。
透明な身体を持つ大蛇は、先代に件の像を渡すよう言ってきたという。
先代はなんとか誤魔化し、自分が死ねば像は手に入らないことも告げると、蛇は大人しく立ち去っていったとある。
領主の言葉が偽りや妄想ではないことを悟った先代は、像を誰の目にも触れさせないよう、隠し場所を工夫した――。
俺は顔を上げると、丸めた日記を腰のベルトに差し込んだ。
やはり、あの像は人を幸せにはしない。それどころか確実に幻獣が絡んでいる。それも昨晩、俺とリューンの諍いを止めたやつだ。
これで聖女の発言への反論材料が手に入った。
あとは像を探し出すだけと思った俺は、窓の外へと目をやった。
さっきまで草刈りをしていた使用人が、立ち上がったままこちらを見ていた。俺と目が合うと、サッと視線を逸らすように草刈りを再開した。
……やはり、見張られてるか。
俺はゴミ置き場から布巾を手にすると、クリス嬢に手渡した。
「すいません。シスター・キャシーと、窓の掃除をお願いしてもいいですか?」
「それは構いませんけれど……あそこと、そっちでよろしいのかしら?」
「はい。お願いします」
使用人が見えている窓へ、二人が近寄るのを待ってから、俺は車軸の折れた荷車へと近づいた。荷車は車輪が二つで、荷台に板の囲いがある形式だ。
馬などに牽かせるものらしく、くびきはまだ残っていた。
俺は荷台の床を指で叩きながら、音の変化を確かめた。
やがて、少し音が変わったところを見つけると、近くに落ちていた金属片や板切れを使って、床板を固定している釘を抜いた。
それで板を一枚外すと、かなり狭い空洞が露わになった。ひと言でいえば、二重底というやつだ。
その空洞に、藁に包まれた異形の像があった。
「おおっ! あったじゃ――」
大声で騒ぎかけたリューンを手で制すと、俺は異形の像を取り出してから、荷台の床板を元に戻した。
「とりあえず、これで目的は果たしたな。それじゃあ、帰りますか」
ここまでで、約二時間ほど。
店から出た俺たちは、近くの使用人に像を見つけたことを告げた。
「少しだけお待ち頂けますか」
そう言って使用人が駆け足で屋敷へ向かってから、数分。あの奥方が屋敷から出てきた。
「像を見つけたようね。どこにあったのかしら?」
「床下ですよ。地面に埋もれてました」
俺の返答に、奥方は怪訝な顔をしたが、すぐに平静を装った。
「まあいいわ。約束通り、像は差し上げましょう」
奥方はそう言ってから、まるで追い出すような勢いで、俺たちを屋敷から帰らせた。
「まったく。あの態度はないと思うのよ」
珍しく、シスター・キャシーが文句を言った。
俺は肩を竦めながら、このあとで奥方がやりそうな行動を推測した。
「多分、先代の遺産でも探すんでしょうね」
「ああ……そういえば、像以外には入ってなかったんだな。遺産はどこに隠したんだろうなぁ?」
頭の後ろで手を組んだリューンに、俺は短く答えた。
「それは多分、あの古い服の中かな。宝石とか、そういうのにしたんだろ」
俺の返答に、エイヴを除いた全員が俺を見た。
唖然としたリューンは、なにも言ってこなかった。俺に質問をしてきたのは、クリス嬢だった。
「……どうしてわかりましたの?」
「いえ。どこかの村から出てきて、身一つで成り上がったんでしょ? 荷台にしろ服にしろ、そのときの思い出とか誇りとかが詰まってるわけですよ。財産を隠すなら、そういった物の中かなって。先代にとっては、荷台や服も財産でしたでしょうしね。
あとは、あの奥方や息子があの店をどうするかです。財産目当てに壊して、物を処分したなら――もう財産は手に入らない。そこは、俺たちには関係の無い問題なんで、放っておくことにしましょ」
「だから、嘘を教えましたのね? 床下から見つけただなんて」
「ま、そういうことです」
俺は答えてから、最期に一つだけ言い足した。
「遺産はまだ、先代の所有物ですからね。息子夫婦を試したいという意志を、俺は尊重しただけですよ。同じ商人としてね」
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
遅くなりました。申し訳ありません。原因と理由としては、火曜日に雨と予想外の重労働で体力を使い果たしたのか……帰宅してからの入浴後に寝落ち。
そこから体力が復活せず、スローペースと相成りました。
ちなみに、今は凄く腰が痛いです。アンメルツ様々でございます。
次回は日曜を目指します。ガンバリマス
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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