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第四章 円卓の影

二章-4

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 クレア嬢とエイヴは、午前七時発の汽車でカラガンドへ向った。
 エイヴは俺と一緒に残ると言ってぐずったが、状況的に邪魔になる可能性が高い。直接、そんな言い方はしてないけど、なんとか宥めて汽車に乗せたのだった。
 二人を見送ってから、俺は大急ぎで街へ戻った。
 辻馬車を使おうとも思ったけど、軍資金には限りがある。出費を抑えるため、俺は裏道を使って目的地である警備隊の詰め所へと急いだ。
 昨晩の警備隊の隊員が非番だとして、交代まで一時間ない――はずだ。ドラグルヘッドの警備隊では、夜勤と日勤の引き継ぎ時間が八時ってだけだけど。
 朝になってから周囲を警戒してみたが、昨日の背広の男たちは、見えなくなっていた。
 諦めたわけじゃないと思うが、こうも動きがないと逆に不安になる。どこかから監視されている――と思って動くべきと、俺の記憶が告げている。
 体感で三〇分ほど進んだところで、やっと警備隊の詰め所が見えてきた。


「さて、ガラン。行くとしますか」


〝ああ――言うまでも無いが〟


「わかってる。油断はなしだ。売られた喧嘩――じゃないや。俺らをどこかの誰かに売ったことを、後悔させてやらなきゃな」


 俺は一度だけ大きく息を吐くと、表情を引き締めた。そして朝一で仕込んでおいた紙片を確認してから、やや大股に歩き出す。
 やや早足に警備隊の詰め所に入ると、俺は真っ直ぐに近くの部屋に入った。


「あ、すいません。御用のない方は――」


 ドアから一番近くにいた茶髪の警備隊員が、振り向きながら立ち上がった。
 俺は営業スマイルを浮かべながら、


「ティレス・ロジャー一家の事件で、彼女たちを助けたトラストン・ドーベルです。実は、ティレスさんの依頼で、彼女の家を調べたいのですが。ここで鍵を預かってないですか?」


「ああ、君がトラストン君か。ティレスさんの家の鍵……ちょっと待って」


 警備隊員は戸棚を探し始めたけど――しばらくして、首を傾げた。


「あれ? おかしいな……ここだと思ったのに」


 先の警備隊員が戸棚の引き出しを弄っていると、俺の後ろから誰かが入って来た。


「おはようございます。当直交代の時間です」


 ――この声っ!?


 俺の背筋に、緊張が走った。
 背後から俺を迂回して前に出た金髪の警備隊員が、戸棚を探す警備隊員に近づいた。


「当直の交代――」


「ああ、すまん。ロジャー家の鍵がなくて……」


「鍵? ああ……ちょっと待って」


 そう言いながら、金髪の警備隊員はズボンのポケットに手を入れた。それから戸棚の引き出しに手を入れると、一本の鍵を取り出した。


「ほら、ここに」


「あれ? おかしいな……まあ、いいか。えっと、トラストン君。これを貸してもいいけど、家にはわたしが同行してもいいかな? 君は信用しているけど、念のために」


「いいですよ。でも、当直の交代なんですよね?」


「それは……そうだが」


「なら、わたしが行こう。トラスト――君、いいかな?」


「ええ」


 それは願ったり。

 俺は口元がにやけるのを我慢しながら、金髪の警備隊員に頷いた。
 ヤツ――いや、彼は俺に近寄ると、右手を差し出してきた。


「それじゃあ、トラスト君、よろしく。わたしはジェイミー・アレクサンドだ」


「よろしく――ちなみに、トラストンです」


「え? ああ、すまない。トラストン……君。馬車を使って行くとしよう」


 ジェイミーと握手をしてから、俺は先ほどの警備隊員に紙幣を手渡した。
 警備隊員は目を瞬かせながら、折りたたまれた紙幣と俺とを交互に見た。


「皆さんで」


 俺はそれだけを告げてから、ジェイミーと警備隊の詰め所を出た。
 警備隊の馬車に乗せて貰いながら移動している途中、ジェイミーが話しかけてきた。


「そういえば、今日はあのお嬢さんは御一緒じゃないんですね。別行動なんですか?」


「そうですよ。この街にいるのは、俺一人です」


「一人――?」


 ジェイミーは一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに表情を戻した。


「ああ、すいません。前回は、女性のかたと御一緒でしたので……。ところで、ロジャー家には、どのような御用で?」


「ええ。なんでも……あ、黒曜石って御存知ですか? 真っ黒な石なんですけど。実は、あの入れ替わろうとした三人が、その石を隠すのを見たという話で。その場所を確認しに行くんです。ミセス・ロジャーが、尋問の役に立つかもしれないと仰有られていて」


「そ――そうなんですか。わかりました。そういうことであれば、急がせましょう」


 ジェイミーは中腰になって、御者台にいる警備隊員になにかを告げた。
 馬車が勢いよく方向を変えたのか、キャビン内に遠心力が働いて、俺たちの身体が揃って斜めに傾いた。
 予め考えてあった大嘘話に釣られたみたいだが、そうなると御者台のヤツも内通者の一人か――。
 そんな推測をしていると、馬車が停車した。


「着いたようです」


「あ、どうも。それでは、行きましょうか」


 俺とジェイミーは馬車を出ると、ロジャー家の門をくぐった。鍵を手にしたジェイミーさんが玄関のドアを開けて、中に入る。
 俺はそのあとに続いて屋敷の中に入ると、ドアが開いたままになるように、近くにあった子供用の靴を挟み込んだ。
 廊下は今朝のままだが、朝冷えで温度が下がったのか、出たときよりもひんやりとしていた。
 もたもたとしていると、ジェイミーはどこか焦れたように、俺を振り返った。


「あの……それで、その黒曜石というのはどこに?」


「その前に、一つだけ質問を。昨日の晩、あんたがこの屋敷に入ったとき、一緒にいたヤツはどこの誰ですか?」


 俺の問いに、ジェイミーの表情が凍り付いた。     
 なにかを言おうとして口を開けたけど、俺は早口にジェイミーの言葉を遮った。


「制服じゃなく私服、しかも恐らくは私物の燭台で来たってことは、昨日の晩は非番だったんでしょ? それなのに、預かっている鍵を私用で持ち出すとか……そりゃ、知られたら拙いですよね。上手くポケットから出した鍵を、引き出しから見つけたような芝居してましたけど……あんた、役者は向いてないな」


 すっかり素を出した俺が鼻を鳴らしたときには、ジェイミーの顔は蒼白だった。


「な……なにを」


「いや、だって一緒に来てたよな? なにやら命令口調だったけど。なんで知ってるんだって顔になったけど。そりゃ理由は一つしかねーだろ。俺は昨晩、ここにいたんだよ。いやホント、あんたが無能で助かった」


「それでは――黒曜石の話は?」


 俺に問いかけながら、ジェイミーは腰の警棒に手を伸ばしていた。
 ジリジリと詰め寄って来る姿を眺めながら、俺は無警戒を装って腕を組んだ。


「もちろん、嘘に決まってるだろ? あんたから、黒幕の話を聞き出すためのな」


 俺が話を終えるより早く、ジェイミーが警棒で殴りかかってきた。
 けど不意を突くには、やや大振り過ぎる。俺は棍棒の一撃を余裕で避けると、ジェイミーの背後へと廻った。

 ――まだか?

 二撃目を避けた俺は、反撃をしたい欲求を抑えながら刻を待った。壁を蹴るように距離を取った俺に遅れて、ジェイミーが横殴りに振った棍棒が空を切った。
 俺が着地したとき、開きっぱなしの玄関から、数人の警備隊員が馬車にいた一人を取り押さえる光景が見えた。
 頃合い良し――俺は大きく息を吸ってから、絶叫した。


「助けてぇぇぇっ!! 殺されるっ!」


「――な!?」


 突然のことにジェイミーが驚いた直後、家の中に警備隊員たちがなだれ込んできた。
 最初に俺と話をした警備隊員が、素早くジェイミーの腕をとって、後ろ手に拘束した。


「ジェイミー、なにをやっている!?」


「な――なんでここに!?」


 驚くジェイミーに、茶髪の警備隊員は俺を顎で示しながら答えた。


「トラストン君からのメモに、ロジャー家の一件で内通者がいると教えてくれた。ここで正体がわかる可能性があるとメモに記されていたので、一〇名ほどで君らのあとを追ったんだ。まさか、君らだったとは……」


「いや、これは――」


「勘違いでもなんでもない。馬車は最初、こことは違う方向に走っていたし、無抵抗のトラストン君に、棍棒で殴りかかるとは……」


「無抵抗――いや、彼は」


「一発も反撃していなかったように見えたが。違ったか?」


 ほぼ同時に、俺へと顔を向けてきた。
 こうなるのを期待して、あえて反撃しなかったわけだ。殴ったが最後、良くて喧嘩両成敗、悪い方へいけば俺だけが一方的に悪くなってしまう。
 俺は二人に、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「いや、いきなり棍棒で殴りかかられて、怖くて。俺って暴力とか嫌いなんですよね」


〝――!?〟


 警備隊ではなく、ガランから戸惑うような気配が伝わって来たけど……あとでこのあたりのことを、はっきりと話し合っておこう。
 一方のジェイミーは俺の返答を聞いて、わなわなと口元を振るわせた。
 あれだけ煽られたんだから、当然の反応だと思う。うん。


「詳しい話は詰め所で聞こう。おい――」


 茶髪の警備隊員は同僚とジェイミーを拘束して、屋敷の外へと連れ出した。入れ替わりに別の警備隊員が俺に駆け寄ってきた。


「一応、調書などを取りますので。詰め所へ同行をお願いします」


「ええ。了解です」


 俺が屋敷の外に出たとき、ジェイミーと御者台にいた警備隊員が、腕に手枷をかけられているところだった。
 俺は馬車へ――と、警備隊員に促された直後、二発分の銃声が轟いた。
 銃撃の目標は、俺じゃない。
 振り返った俺の目の前で、ジェイミーと御者だった警備隊員が、前方へと倒れていった。背中からの鮮血が、地面に飛び散った。
 即座に動いた俺と警備隊だったが、その動きはまったく違っていた。
 警備隊員は伏せるように身を屈め、馬車や物陰に身を潜めた。俺は、倒れた二人のところへ駆け寄った。


「おい! 生きてるか!? 止血を――」


 身体にはまだ体温が残っていたが、ジェイミーの目はすでになにも見ていなかった。
 制服を破ろうとしたとき、大きな痙攣があった。それを最後に、ジェイミーの全身から力が抜けた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

早ければ金曜日……でしたが、諸々があって遅れました。
金曜日は一日雨で、身体が冷え冷えでした。帰りに会社の人に「暖まりにいこう」と言われて付いていったら、スーパー銭湯でした。
いや、そこはラーメン屋とかでしょ……と思ったものの、あとの祭り。二時間ほど拘束されてました。
 折角早めに仕事が終わったのに……身体は温まりましたけどね。

次は、多分火曜日……だと思います。月曜も仕事ですし。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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