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第四章 円卓の影

三章-1

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 三章 ルイハスに潜む


   1

 警備隊の詰め所で、俺は三日ほど籠もっていた。
 借りている長机に置かれているのは、ここ数ヶ月分の新聞と地図だ。俺は新聞をじっくり読みながら、事故で行方不明になった家族がいないか確認していた。
 ギメランたちは、オークの魂が身体を乗っ取った状態だ。ティアマトから聞いた話では、幻獣が人間の身体を乗っ取るには瀕死か、それに近い状態でないとダメらしい。
 つまり事故に巻き込まれ、かつ行方不明になった三人以上の家族が、ギメランたちが乗っ取った者たちである可能性が高い。
 内通者が暗殺された以上、黒幕へと辿る手掛かりの起点は、きっとここしかない。オークたちが、突っ込んだ質問には答えてくれればいいんだけど……今のところ、すべて無駄足に終わっていた。

 今はティアマトがいないから、クリス嬢と別れてからはオークへの尋問はしてないけど。

 今のところ、怪しい記事は二つだけ。だけど……その二つとも、オントルーマとは距離が離れすぎだ。
 瀕死から死亡するまでの時間や、死体なら腐敗することを考えると、黒幕の本拠地は事故現場の近くだろう。それだけなら、距離はさほど関係が無い。
 問題は、敵の動きの速さだ。
 内通者がオントルーマに俺が来たことを告げてから、襲撃までの時間が短すぎる。ずっとこの街で待機するのは、どう考えても無駄だ。
 クリス嬢へティレスさんの回復を連絡してから、街に潜伏していた可能性もあるけど……こちらの予定が分からない以上、これも不確実だ。
 つまり。俺たちが街に来てから、内通者の連絡を受けて追っ手を差し向けたと考えるのが、個人的に一番納得できる考えだ。
 ただ、そんな推測に該当する事件や事故の類いは、未だ見つかっていない。


「なんか、見落としてるかなぁ……」


 俺はやけに重々しい溜息を吐き出しながら、新聞から目を離した。
 新聞とはいえ、この世界のものだ。情報伝達技術なんか、元の世界と比べれば文字通り児戯に等しいだろう。
 すべての事件や事故を網羅できないのは、まあ元の世界でもそうだったけど。でも、事件事故が多くて網羅できないのと、情報を集めきれなくて網羅できないのでは、意味合いが違う。
 この世界の場合は、圧倒的に後者が原因だ。


「もしかしたら、新聞に掲載されてない事故とかあったのか……」


 一人作業をしていると、どうしても独り言が多くなってしまう。かといって、誰が訊いているか、わからない状況でガランに相談するわけにもいかない。
 クリス嬢が戻って来る前に、黒幕の本拠地を特定して乗り込もうと思ったのに……。
 気分転換に、四つほど印をつけた地図に目を落としたとき、警備隊員の一人が近寄ってきた。


「トラストンさん、お客様です」


 俺が振り返ると、そこにはマーカスさんとクリス嬢、そしてエイヴが並んで立っていた。

 ……間に合わなかったか。

 俺が振り返ると、まずはクリス嬢が微笑んだ。
 視線を俺の背後にある新聞や地図に一瞬だけ移してから、クリス嬢の目が俺に戻る。


「トト、只今戻りましたわ。本当に、無事で良かったです」


「ええ……まあ、俺は無事でした」


 俺が暗い顔をしていることに気づいたのか、不安そうに一歩前に出たクリス嬢が、視線の高さを合わせてきた。
 俺が僅かに視線を逸らすと、クリス嬢は少し悲しげな顔をした。


「なにか……ありましたか?」


「俺の目の前で、捕らえた内通者が暗殺されました」


 俺の言葉に、クリス嬢とマーカスさんが息を呑んだ。俺の性格を知っているだけに、架ける言葉すら見つかっていないようだ。
 そんな二人を交互に見ながら、俺は自嘲的な作り笑いを浮かべた。


「そーゆーわけで、今は猛省中ってわけです。派手に動き回るのを止めて、デスクワークで黒幕の居場所を特定しようと努力中」


「トト……暗殺は、あなたの所為じゃ――」


「正直、内通者を捕らえるチャンスは、詰め所内でもあったんですよ。でも俺は、決定的な機会を狙って――その結果、暗殺を許すことになったんです。自分で自分が許せなくなっても、仕方ないでしょう?」


 このとき俺は、どんな顔をしていたんだろう?
 クリス嬢やマーカスさんは、まるで恐れを抱いたような顔をした。唯一、エイヴだけがいつもと変わらぬ顔で、俺に近寄ってきた。


「ねえねえ。トトは悪い人をやっつけないの?」


「……やっつけるさ。徹底的に、やっつけてやる」


 俺はエイヴに答えながら、テーブルにあった羊皮紙の束をマーカスさんに差し出した。無言で差し出したそれを受け取って、マーカスさんは中の文面に目を落とした。


「これは?」


「ここまでの経緯と、俺の考えを纏めたものです。持ってて下さい。まあ、役に立つかどうかは別として、ですけど。それで、来て貰って早々で申し訳ないんですけど、それを持って帰って下さい。もちろん、クリス嬢とエイヴも。ここから先は、俺一人でやります」


 俺の断言に、クリス嬢は今にも泣きそうな顔で近寄って来た。


「トト――わたくしは、そんな言葉が聞きたくて、ここまで戻ってきたわけではありませんのよ!?」


「俺も最初は、こんなこと言うつもりはありませんでしたよ。けど、もう状況が違うんです。相手は、暗殺までしてくる連中です。クリス嬢やエイヴになにかあったら、俺は死んだあとで……地獄よりもくそったれな場所しか行けないでしょうね」


「……それでも」


 クリス嬢は、膝の上にあった俺の手をとった。


「わたくしは、御一緒します。ティアマトの力が役に立つこともあるでしょうし。分担したほうが上手くいくことだって、あるかもしれません」


「僕も、今さら帰るわけにはいかないんだよ」


 マーカスさんは、懐から一枚の紙を取り出した。
 その文面は要約すると、オントルーマの事件に協力して欲しいという内容だ。だけど最後に、『ティアマトも一緒だと、ヴォラには内緒で』と記してある。


「君らに同行しないと、ヴォラの機嫌を損なうからね」


「だけど――」


「トト? そうやって一人で抱え込むのは、あなたの悪い癖ですわ。わたくしたちで力を合わせれば、どんな困難だって打ち勝てます」


「そうだね。まあ、仲間の力は伊達じゃないってこと。だから、自分が死んだときのために、こんなものを作らないでくれ。君の知恵は、まだまだ頼りにしたいんだ」


 マーカスさんは、羊皮紙の束を俺に投げて寄越した。
 羊皮紙をなんとか受け止めた俺は、自嘲的に肩を竦めた。


「俺の知恵なんか、なんの役にも立たないですってば。暗殺の件だって、自分の計画を過信して引き起こしたんだし。その程度の糞野郎ですって」


「……君は、自分に厳しいなぁ。この前のヤツを見たときも、そう思ったんだけどね」


「……この前のって、なんです?」


「もう一回死んでやり直してこい――だったかな? そんな感じのヤツだよ」


 マーカスさんの言葉に、俺は思わずむせそうになった。
 あの台詞は、カラガンドの魔女裁判事件に関わったときに、口にしたやつだ。この台詞を吐いたあとに、マーカスさんがやってきたと思ってたけど。
 見られていたのか……ちくしょう。
 俺が気まずさで顔を背けたけど、マーカスさんの話は続いた。


「今回も、あれをやったのかい?」


「いや――」


〝似たようなものは、やっていたな〟


「ちょ――」


 突然、ガランが俺の行為をばらした。
 俺は慌てたが、ガランは話を止めなかった。


〝我も此度の暗殺――だったか。トトの責はないと考える。捕らえた者が殺されることを知るには、情報が少なすぎた〟


 ガランはそこまで皆に言うと、〝トト〟と俺を呼んだ。


〝我は、今のトトでいて欲しいと思う。一人で突っ走れば、汝の怒りがその身を焦がし、やがては心に闇を抱えるやもしれぬ。この者たちは、箍になるはずだ。共に行動したほうがいい〟


 珍しく饒舌なガランに、俺は半目になりながら悩んだ。
 箍――箍ねぇ。
 まだ調査があるからと、安全に宿泊できる場所の相談をしにいった三人を見送った俺は、龍の指輪を取り出した。


「ガラン……見透かしたようなことを言うなんて、珍しいね」


〝今回は、口を挟んだほうがいいと判断した。トトは自己を攻めすぎるからな。あれは誰も予期できぬことだった〟


「なんか、こう……見透かされてるっていうのも、奇妙な気分だね」


〝付き合いも短くはないからな。互いの気持ちを察しているのは、それこそ、お互い様だろう?〟


「いや――まあ、そーかもしれないけどさ」


 なんだろう。背骨のあたりがこそばゆい。


 龍の指輪を弄びながら、俺は新聞の上で頬杖をついた。
 ふと、視線を逸らした俺は、ある記事が目に入った。ルイハスの山道で崖崩れがあった記事だ。そこには、旅の一家が崖崩れに巻き込まれたとある。
 ……そういえば、クレストンが持って来た手紙に、そんな内容のものがあったな。
 なんか、かなり遠回りをしていた気がする。
 俺は複雑な心境で、新聞記事に目を落とした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

残業してたら、もう8時半……あと30分で就寝時間だったりします。
近況などは明日以降に。

残業なんか、この世から無くなればいいのに。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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