78 / 179
第四章 円卓の影
三章-1
しおりを挟む三章 ルイハスに潜む
1
警備隊の詰め所で、俺は三日ほど籠もっていた。
借りている長机に置かれているのは、ここ数ヶ月分の新聞と地図だ。俺は新聞をじっくり読みながら、事故で行方不明になった家族がいないか確認していた。
ギメランたちは、オークの魂が身体を乗っ取った状態だ。ティアマトから聞いた話では、幻獣が人間の身体を乗っ取るには瀕死か、それに近い状態でないとダメらしい。
つまり事故に巻き込まれ、かつ行方不明になった三人以上の家族が、ギメランたちが乗っ取った者たちである可能性が高い。
内通者が暗殺された以上、黒幕へと辿る手掛かりの起点は、きっとここしかない。オークたちが、突っ込んだ質問には答えてくれればいいんだけど……今のところ、すべて無駄足に終わっていた。
今はティアマトがいないから、クリス嬢と別れてからはオークへの尋問はしてないけど。
今のところ、怪しい記事は二つだけ。だけど……その二つとも、オントルーマとは距離が離れすぎだ。
瀕死から死亡するまでの時間や、死体なら腐敗することを考えると、黒幕の本拠地は事故現場の近くだろう。それだけなら、距離はさほど関係が無い。
問題は、敵の動きの速さだ。
内通者がオントルーマに俺が来たことを告げてから、襲撃までの時間が短すぎる。ずっとこの街で待機するのは、どう考えても無駄だ。
クリス嬢へティレスさんの回復を連絡してから、街に潜伏していた可能性もあるけど……こちらの予定が分からない以上、これも不確実だ。
つまり。俺たちが街に来てから、内通者の連絡を受けて追っ手を差し向けたと考えるのが、個人的に一番納得できる考えだ。
ただ、そんな推測に該当する事件や事故の類いは、未だ見つかっていない。
「なんか、見落としてるかなぁ……」
俺はやけに重々しい溜息を吐き出しながら、新聞から目を離した。
新聞とはいえ、この世界のものだ。情報伝達技術なんか、元の世界と比べれば文字通り児戯に等しいだろう。
すべての事件や事故を網羅できないのは、まあ元の世界でもそうだったけど。でも、事件事故が多くて網羅できないのと、情報を集めきれなくて網羅できないのでは、意味合いが違う。
この世界の場合は、圧倒的に後者が原因だ。
「もしかしたら、新聞に掲載されてない事故とかあったのか……」
一人作業をしていると、どうしても独り言が多くなってしまう。かといって、誰が訊いているか、わからない状況でガランに相談するわけにもいかない。
クリス嬢が戻って来る前に、黒幕の本拠地を特定して乗り込もうと思ったのに……。
気分転換に、四つほど印をつけた地図に目を落としたとき、警備隊員の一人が近寄ってきた。
「トラストンさん、お客様です」
俺が振り返ると、そこにはマーカスさんとクリス嬢、そしてエイヴが並んで立っていた。
……間に合わなかったか。
俺が振り返ると、まずはクリス嬢が微笑んだ。
視線を俺の背後にある新聞や地図に一瞬だけ移してから、クリス嬢の目が俺に戻る。
「トト、只今戻りましたわ。本当に、無事で良かったです」
「ええ……まあ、俺は無事でした」
俺が暗い顔をしていることに気づいたのか、不安そうに一歩前に出たクリス嬢が、視線の高さを合わせてきた。
俺が僅かに視線を逸らすと、クリス嬢は少し悲しげな顔をした。
「なにか……ありましたか?」
「俺の目の前で、捕らえた内通者が暗殺されました」
俺の言葉に、クリス嬢とマーカスさんが息を呑んだ。俺の性格を知っているだけに、架ける言葉すら見つかっていないようだ。
そんな二人を交互に見ながら、俺は自嘲的な作り笑いを浮かべた。
「そーゆーわけで、今は猛省中ってわけです。派手に動き回るのを止めて、デスクワークで黒幕の居場所を特定しようと努力中」
「トト……暗殺は、あなたの所為じゃ――」
「正直、内通者を捕らえるチャンスは、詰め所内でもあったんですよ。でも俺は、決定的な機会を狙って――その結果、暗殺を許すことになったんです。自分で自分が許せなくなっても、仕方ないでしょう?」
このとき俺は、どんな顔をしていたんだろう?
クリス嬢やマーカスさんは、まるで恐れを抱いたような顔をした。唯一、エイヴだけがいつもと変わらぬ顔で、俺に近寄ってきた。
「ねえねえ。トトは悪い人をやっつけないの?」
「……やっつけるさ。徹底的に、やっつけてやる」
俺はエイヴに答えながら、テーブルにあった羊皮紙の束をマーカスさんに差し出した。無言で差し出したそれを受け取って、マーカスさんは中の文面に目を落とした。
「これは?」
「ここまでの経緯と、俺の考えを纏めたものです。持ってて下さい。まあ、役に立つかどうかは別として、ですけど。それで、来て貰って早々で申し訳ないんですけど、それを持って帰って下さい。もちろん、クリス嬢とエイヴも。ここから先は、俺一人でやります」
俺の断言に、クリス嬢は今にも泣きそうな顔で近寄って来た。
「トト――わたくしは、そんな言葉が聞きたくて、ここまで戻ってきたわけではありませんのよ!?」
「俺も最初は、こんなこと言うつもりはありませんでしたよ。けど、もう状況が違うんです。相手は、暗殺までしてくる連中です。クリス嬢やエイヴになにかあったら、俺は死んだあとで……地獄よりもくそったれな場所しか行けないでしょうね」
「……それでも」
クリス嬢は、膝の上にあった俺の手をとった。
「わたくしは、御一緒します。ティアマトの力が役に立つこともあるでしょうし。分担したほうが上手くいくことだって、あるかもしれません」
「僕も、今さら帰るわけにはいかないんだよ」
マーカスさんは、懐から一枚の紙を取り出した。
その文面は要約すると、オントルーマの事件に協力して欲しいという内容だ。だけど最後に、『ティアマトも一緒だと、ヴォラには内緒で』と記してある。
「君らに同行しないと、ヴォラの機嫌を損なうからね」
「だけど――」
「トト? そうやって一人で抱え込むのは、あなたの悪い癖ですわ。わたくしたちで力を合わせれば、どんな困難だって打ち勝てます」
「そうだね。まあ、仲間の力は伊達じゃないってこと。だから、自分が死んだときのために、こんなものを作らないでくれ。君の知恵は、まだまだ頼りにしたいんだ」
マーカスさんは、羊皮紙の束を俺に投げて寄越した。
羊皮紙をなんとか受け止めた俺は、自嘲的に肩を竦めた。
「俺の知恵なんか、なんの役にも立たないですってば。暗殺の件だって、自分の計画を過信して引き起こしたんだし。その程度の糞野郎ですって」
「……君は、自分に厳しいなぁ。この前のヤツを見たときも、そう思ったんだけどね」
「……この前のって、なんです?」
「もう一回死んでやり直してこい――だったかな? そんな感じのヤツだよ」
マーカスさんの言葉に、俺は思わずむせそうになった。
あの台詞は、カラガンドの魔女裁判事件に関わったときに、口にしたやつだ。この台詞を吐いたあとに、マーカスさんがやってきたと思ってたけど。
見られていたのか……ちくしょう。
俺が気まずさで顔を背けたけど、マーカスさんの話は続いた。
「今回も、あれをやったのかい?」
「いや――」
〝似たようなものは、やっていたな〟
「ちょ――」
突然、ガランが俺の行為をばらした。
俺は慌てたが、ガランは話を止めなかった。
〝我も此度の暗殺――だったか。トトの責はないと考える。捕らえた者が殺されることを知るには、情報が少なすぎた〟
ガランはそこまで皆に言うと、〝トト〟と俺を呼んだ。
〝我は、今のトトでいて欲しいと思う。一人で突っ走れば、汝の怒りがその身を焦がし、やがては心に闇を抱えるやもしれぬ。この者たちは、箍になるはずだ。共に行動したほうがいい〟
珍しく饒舌なガランに、俺は半目になりながら悩んだ。
箍――箍ねぇ。
まだ調査があるからと、安全に宿泊できる場所の相談をしにいった三人を見送った俺は、龍の指輪を取り出した。
「ガラン……見透かしたようなことを言うなんて、珍しいね」
〝今回は、口を挟んだほうがいいと判断した。トトは自己を攻めすぎるからな。あれは誰も予期できぬことだった〟
「なんか、こう……見透かされてるっていうのも、奇妙な気分だね」
〝付き合いも短くはないからな。互いの気持ちを察しているのは、それこそ、お互い様だろう?〟
「いや――まあ、そーかもしれないけどさ」
なんだろう。背骨のあたりがこそばゆい。
龍の指輪を弄びながら、俺は新聞の上で頬杖をついた。
ふと、視線を逸らした俺は、ある記事が目に入った。ルイハスの山道で崖崩れがあった記事だ。そこには、旅の一家が崖崩れに巻き込まれたとある。
……そういえば、クレストンが持って来た手紙に、そんな内容のものがあったな。
なんか、かなり遠回りをしていた気がする。
俺は複雑な心境で、新聞記事に目を落とした。
---------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
残業してたら、もう8時半……あと30分で就寝時間だったりします。
近況などは明日以降に。
残業なんか、この世から無くなればいいのに。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
58
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる