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第五章 飽食の牢獄に、叫びが響く
一章-4
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ニータリと幻獣のアルミラージから詳細の話を聞いてから、俺は廃墟となった工場を出た。時計を見ていないので正確な時刻は分からないけど……体感ではもう、深夜になっているはずだ。
なかなかに要領を得ない会話、しかも互いに意思の疎通が不自由な一人と一匹が相手だったんだ。要するに……だ。
もう疲れた……。
精神的にへとへとになった俺は、廃工場の塀に凭れながら、地面にしゃがみ込んだ。ドッとした疲れと眠気が全身を包み込むと、俺は今まで我慢していた溜息を吐いた。
ニータリたちの話を、かなり要約すれば――だ。
ぶらぶらと日銭を稼ぎながら、ニータリたちは宛てもない旅をしていたらしい。プアダに来たのは、十六日前。幽霊騒動の起き始めたときと、ほぼ合致したわけだ。
二人は最初、町の外にある遺跡で寝泊まりしようとしたらしい。
詳細な場所までは理解できなかったけど……幾つもの小部屋のある遺跡に入ったニータリは、周囲に漂う強烈な異臭に耐えきれなかったらしい。
外に出ようとしたとき、奥から物音と声らしきものが聞こえたという。
誰かいるのか――と、暗い遺跡の中を進んだニータリは、朽ちかけた扉の奥で、その化け物を見たという。
天井が無いのか、日の光が降り注ぐ広い空間だったので、化け物の姿をちゃんと見ることができたらしい。化け物は、人間に近い手足をしていたようだ。服はあまり覚えていないようだったけど、腰には剣が下がっていたという。
髪の色は、茶色っぽい色。顔の作りはわからないが、上半身よりも大きな口をしていた――ということだった。
なにかをボリボリと食らっていたらしいが、ニータリにはそれが人間の手に見えたらしい。
化け物の姿に怯えたニータリは逃げ出したが、背後から「貴様らの顔は覚えたぞ!! 見つけたら、必ず喰ってやるからな!!」という声が響いてきた……という。
内容が『らしい』とか『ようだ』ばかりというのは、要領が掴みにくくて、俺の推測が混じっているからだ。
正直、これだけの情報で化け物をなんとかしろと言われても……かなり困る。
ジョーンズ伯爵やサーナリア嬢からは、行方不明者がいるという話は出ていない。町に来た旅人が喰われたという可能性はあるけど……情報が曖昧すぎて、どこまで考慮すればいいやら。
頭の片隅に、チラッとオットリア市のことが思い出されたけど……今は、その記憶に蓋をした。関わりがあるかどうか分からない以上、今は邪魔な記憶だと思ったんだ。
俺が大きく息を吐いたとき、頃合いを見計らったように、ガランが声をかけてきた。
〝トト――アルミラージの話を聞いて、おまえはどう考えたのだ?〟
「正直、まだなんとも言えないなぁ……話の内容が曖昧過ぎるんだよ」
〝うむ……人間の言葉は聞こえなかったが、アルミラージの話が本当だとした場合、その化け物というのは人を喰らっている。冷静さを失うな〟
「冷静だよ。まだ……ね」
〝マーカスとやらに連れ出された、屋敷の虐殺のことを考えなかったか? あのときは内心、怒り狂ってると思ったが。マーカスがなにか言ったのを、無視したろう?〟
「……少しだけだよ。ああいうときほど、冷静にならないとね。怒りで頭が回らなくなると、やばいしね。それに、マーカスさんを無視したわけじゃなくて……感情を抑えるのに必死で、そこまで気が回らなかっただけだよ」
頭を乱暴に掻きながら、俺は顔を上げた。
月明かりの下、そこそこに暗くなった町を眺めた。もう深夜になっているのは間違いが無く、町灯りのほとんどが消えていた。
夜風が身に染みるけど、俺はジャケットの襟を合わせて、寒さに耐えた。
宿に戻れば良いんだけど……あの煌々と燭台が灯る受付で、無事に鍵を受け取れる自信がない。
口や鼻から吐き出される息の白さに、俺は溜息をついた。屋外よりは、さっきの廃工場の中のほうがマシだった。
俺は外に出たことを少し後悔しながら、町へと向かうことにした。
ジッとして動かないよりは、動いたほうが身体が温まる。少し小走りで道を走っていると、ランプを携えた二人組が角を曲がってきた。
――ちょ。
不意を突かれて炎をまともに見てしまった俺は、その場にへたり込んでしまった。
いつもと同じ、炎の幻影が目の前を覆い尽くした。呼吸が荒くなり、激しい心臓の鼓動が耳元まで伝わって来た。
「……おい、大丈夫か」
まだ若い男の声が近づいて来たが、俺の耳には遠くに聞こえた。
数十秒ほど、身体を揺さぶられていたみたいだ。僅かに冷静さを取り戻した俺の前に、警備隊の隊員らしい小太りの青年の顔があった。
人の良さそうな青年は、俺が顔を上げるとホッとした表情をした。
「隊長、無事みたいです」
「酔っ払いか?」
「いえ――酒臭くはありません。熱もなさそうですし、体調が悪いだけだと思います」
警備隊の青年の返答を聞いて、もう一人、声の低い男が近寄って来た。幸いなことに、ランプは青年の後ろにあるようで、俺の視界には入ってこない。
男は俺の側に来たときに、小さく「む?」という声を出したが、そんな戸惑いはすぐに消えたようだ。
「少年、立てるか? 立てないようなら、警備隊の詰め所か病院へ連れて行くが」
「いえ……大丈夫です。その、ちょっと寝不足とかで」
俺はランプを見ないように立ち上がると、改めて二人を見た。
青年のほうは明るい茶髪で、顔にはまだそばかすが残っている。瞳の色は、多分だけど濃い青だ。暗くて、色合いの区別がとてもしにくい。
そしてもう一人は、がたいの良い中年の男だった。
背は俺よりも少し高い。鋭い目つきをしていて、口髭は短く整えている。口は真一文字に閉ざされているが、これは機嫌が悪いというより、そういう顔つきらしい。ブルネットの髪は短く切り揃えられていて、いかにも元軍人という雰囲気だった。厳めしい顔つきではあるが、俺を見る目に敵意はなさそうだ。
二人とも、棍棒のほかにサーベルを帯剣していた。
男は俺の顔をジッと見ながら、僅かに目を細めた。
「おまえは……この町の者ではないな?」
「ええ……その、しご――ええっと、旅行者ですよ。散歩してたら、立ちくらみがして」
「そうか。宿場町といえど、深夜は物騒だ。出歩くのは控えた方がいいだろう」
「そうだよ? ここには、お化けが出る廃工場があるからね」
「――サム」
窘めるというよりは、怒りを抑えた声の男に、サムと呼ばれた青年は即座に姿勢を正した。
「すいませんでした、隊長」
「不穏当な発言は控えろ。旅の人、今の発言は忘れてくれ給え。ただの噂だ」
警備隊の隊長の言葉に、俺は素知らぬ顔で頷いた。まさか、その廃工場を調べていたとは、きっと言わない方がいい。
俺はサーナリア嬢や警備隊のケインとの会話を思い出していた。
プアダにある警備隊の隊長は、サーナリア嬢の父親だ。ここで彼女の名前を出したら、余計な揉め事を起こす予感がする。それに、隊長であるドレイマン・アンカルスは、幽霊屋敷の調査を打ち切った人物だ。
幽霊のことなんか喋ったら、どんな行動に出るか予測がつかない。
俺は素直な旅行者を演じて、頭を下げてから警備隊の二人と別れた。ホッと息を吐いたとき、ガランが緊張の含んだ声を出した。
〝トト――先ほどの男から、幻獣の気配がした〟
「え? どっちから――って、どんな会話が聞こえたの?」
〝それが……声は聞こえなかった。気配しか感じなかった。だが、間違いなく気配は幻獣のものだ〟
「声が聞こえない……って。幻獣を封じた結晶を持っているだけ……とか?」
〝すまぬが、我にもわからぬ〟
困惑するガランに「そっか……でも、ありがと」と礼を述べてから、俺は頭の中で忙しくニータリたちとの会話の記憶を掘り起こした。
化け物の容姿は分からない。だけど、ニータリとアルミラージの言葉を信じるなら、唯一にして最大の特徴は帯剣していたことだ。
ドレイマンとサムは、二人とも帯剣していた。
幻獣に身体を乗っ取られたのか、それとも協力関係なのかはわからない。だけど、化け物の正体は現状、二人に絞られたといってもいい。
なにを喰ったのか、白状させてやる――俺は二人が去って行ったほうを振り返ると、拳を固く握り締めた。
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本作を呼んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
先週くらいから大掃除を始めたんですけど、ちょっとだけ、やりにくくなってしまって。
というのも、真下が事務所から店舗に変わってしまったんです。土日営業なので、音を立てる大掃除がやりにくい……そこそこ古い建物ですので、音が響くんですよね……。
冷蔵庫とか動かして掃除機かけたいんですけどね。どうしようか迷ってます。
休日の朝早くから、力仕事はしたくないですしね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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