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第六章 忘却の街で叫ぶ骸
プロローグ
しおりを挟む転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
第六章 忘却の街で叫ぶ骸
プロローグ
俺――トラストン・ドーベルがプアダの町から帰ってきてから、一ヶ月が経っていた。
新しい年、ゲンズ暦九三三年、一月。その八日に、珍しい来訪者が店にやってきた。
俺はそのとき、カウンターに置いた小さな鏡で、なんとなく髪を整えていた。
栗色の髪は少しボサボサ感は残っているけど、店に出る分には問題が無い。クリス嬢曰く、平均的くらいという顔つきに、服も茶色のジャケットに、白、白、茶の順にシャツを重ね着している。
年が変わったとはいえ、まだまだ冬だ。着込んでいないと寒くて仕方が無い。
客が来ないな――と思っていたら、緑色のドレスを着た少女が店に駆け込んできた。
頭の左右で金髪を結った、俺より少し年下の少女――サーシャ嬢は、真っ直ぐにカウンターに来ると、開口一番に怒鳴ってきた。
「浮気相手なら、あたしでもいいじゃん!!」
……へ?
一瞬どころか、記憶を弄ってみても心当たりがない。
俺は眉を顰めながら、溜息を吐いた。
「……なんのことです?」
「訊いたの! この前、プアダから押しかけ女房が来たんでしょ!?」
その町の名前に、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。
依頼で行った町ではあるが、そこでは色々と辛いことがあった。その記憶と傷は、未だに引きずっている。
多くの人が被害に遭い、誰一人として救えなかった。
それがまだ、心のトゲとして残っている。
俺は深呼吸をするように息を吐き、気持ちを落ち着かせた。
「……浮気は、してないですし。押しかけ女房でもないですし? なにかの勘違いしてませんか?」
「だって――!?」
「あの……すまない、サーシャ嬢。こちらの用件を先に済ませてもいいかな?」
サーシャ嬢の後ろから出てきたのは、スーツを着こなした金髪碧眼の優男、マーカスさんだ。
折り畳んだ新聞を手にしたマーカスさんは、俺に小さく手を挙げた。
「久しぶりだね。まあ、エキドアの追跡で忙しかったから、なかなか来られなくてさ」
「いや、遊びに来るとかって付き合いでもないですよね。それで、今日はなんの用ですか?」
半ば呆れつつ手を挙げ返した俺に、マーカスさんは新聞を広げた。
マーカスさんが示す記事には、『旅芸人の一座が虐殺』という見出しがあった。旅芸人に所属する十数人が、死体で見つかったという内容だ。遺体の大半は損壊が激しく、手足のないものばかりだったようだ。
記事を読み得終えると、マーカスさんは笑みを消した。
「この事件、エキドアたちの仕業だと思うかい?」
「そんなこと……わかるわけないでしょ。手足がないのだって、野犬に喰われた可能性が高いじゃないですか」
俺は、新聞の文字を指で突いた。
マーカスさんは、どこか期待に満ちた顔を見せた。
「これがエキドアたちの仕業だとしたら、なにが目的だと思う?」
マーカスさんの問いに、俺は溜息を吐いた。
エキドアたちの計画――前回と前々回の事件を思い出しながら、俺は思考の切り替えを行った。目、鼻、そして身体――それらをエキドアのものとして、旅芸人に潜んだときからの行動を思い描いた。
逃走――潜伏を続けるために、定期的に顔を変える……いや、それだと死体が目印になる可能性がある。
そんな状況で、姿を変える理由は……。
「なにかをするのに、都合の良い身体を見つけたってところですかね。それが潜伏を続けることか、やつらの計画かは知りませんけど」
「なるほど。一度、現場を見に行ったほうがいいかもしれないね。一緒に――」
「行きませんよ、俺は」
俺が拒絶するとは思ってなかったのか、マーカスさんは驚いた顔をした。
「この前……君になにがあったのかは、クリスティーナ嬢から聞いている。今はまだ、そっとして欲しいともね。だが、そうしているあいだにも、エキドアたちの計画は進み、誰かが犠牲になるかもしれないんだ。協力して欲しい」
「そういうの、向いてないのかもしれませんよ、俺」
「それは、僕の台詞だ。喧嘩も弱い、君のような洞察力もない。権力とコネだけで、今の役職にいるだけだ」
「権力とコネがあれば、俺以上のことができるでしょ」
俺の返答に、マーカスさんは盛大な溜息をついた。広げていた新聞を乱暴に折り畳むと、いつになく険しい目を向けてきた。
「今回のやつは、僕だけで行く。だけど……忘れないでくれ。力のある者は、責務と責任がある。僕はね、トト。君には、ほかの誰にもない力があると思っている。これは、ガランのことじゃない。君自身が持つ力だ」
「そんなもの……」
「あるさ。僕の直感だけどね。君が復活するのを、強く願っている。できれば……早めにお願いしたいけどね」
マーカスさんは挨拶も無く踵を返すと、そのまま店を出て行った。
店の外に出たマーカスは、待たせていた馬車に乗り込んだ。
前方の席に座ると、真向かいに座っていたクリスティーナに肩を竦めてみせた。
「君の言ったとおりだったよ。にべ無く断られてしまった」
「だから言いましたのに。トトはまだ……立ち直れていませんもの。あなたは仕方が無いと仰有いますけれど、トトにとっては、それほどの傷なんです」
「そうみたいだね。君が一緒に店に入らなかった理由がわかるよ。あんな塞ぎ込んだ彼を見たくないんだね?」
「幻獣の事件に関わらなければ、普通通りですけれど。街のちょっとした相談ごとでしたら、いつも通りに頭も動いてます」
責めるようなクリスティーナの声に、マーカスは両手を挙げた。
トラストンはここにいないが、状況としては二対一の討論をしている気分だった。
「わかった。僕は素直に、彼の復活を待つことにするさ。ただ、手をこまねいている余裕はない。エキドア一味の捜索は、こちらで続ける。なにかあったら報せるよ」
「ええ。それでお願いします」
クリスティーナが表情を緩めると、やっとマーカスは肩の力を抜くことができた。
*
マーカスたちのいる馬車から少し離れた枝道の出口で、男がトラストンの店の様子を伺っていた。
左の人差し指の第三関節あたりに、きつく締めたような痕がある。その指で鼻頭を掻いた男は、面白そうな笑みを浮かべた。
「おやおや……あんなに集まっているとはねぇ。これは興味深い。実に興味深い。興味深くて、つい実験の協力をお願いしたくなってしまうね」
男は鼻歌交じりに枝道に入ると、まるでスキップでもするかのような軽い足取りで、駅へと歩いて行った。
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本作を読んで頂いて、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
予想より早く連絡がありまして、午後一くらいに車検の引き取りに行ってきました。
帰りに話題のスシローに行ってみましたが、そこそこの客入りでした。
ただ、料理は注文以外回っていなかったですね……。そこがちょっと寂しかったと思いますが、ラーメンとケーキが美味しかったので良しです。
第五章の最後でちょっと思ったことがありまして。
ベヒーモス、本体はカバ、残滓はゾウでしたが。近代だとゾウが一般的ですが、古い聖書ですとカバなんですよ。
こういうのを見ると、キリスト教の広がりが分かりますね。カバより大きなゾウを見て、ベヒモスの姿が変わっていったのかな……と。
悪魔辞典、天使の辞典、幻獣辞典と持ってますが、それ以外にネットやほかの本とかで調べてると、本当に沼地だと思います。めっちゃ深いです。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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