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第六章 忘却の街で叫ぶ骸
間話 ~ 拒絶されたモノ
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青々とした木々が茂る森の中を、巨大な影が駆けていた。
体毛の無い猿のような外見だが、前を逃げる二足の――ティラノザウルスに似た――獣と比べ、倍の体躯がある。長い腕を前足代わりに、徐々に獣との距離を詰めていった。
巨猿の口元からは涎が垂れ、剣呑なまでに伸びた犬歯が覗いていた。
獲物を捕らえようと右の手が鞭のように伸びたが、その寸前に、獣は素早く右へ飛び退いた。
〝く――忌々しい。身体が、思うように動かぬ〟
巨猿は滑るように身体の向きを変えると、再び獣を追いかけた。
最近――この森のように、木々や植物たちが増えだしてから、身体に不調が出始めていた。最初は、連続で動ける時間が少し短くなっただけだ。
しかし、徐々に身体の節々が思い通りに動かなくなっていた。
巨猿の脳裏に『老い』という言葉が思い浮かんだ。
〝冗談ではない――そんなもの、克服したはずではないか!〟
四肢の力を増し、速度を上げた巨猿の右の前腕が木の幹に擦れると、薄い肉とともに皮膚がごっそり剥がれた。
しかし、痛みは無い。
寿命だけでなく痛みすら、この巨猿は克服していた。しかし体液がとどめなく流れていくと、徐々に右腕の動きが鈍くなっていった。
〝おのれ――っ!!〟
瞬間的に両脚をバネのように使い、巨猿は獣に飛びかかった。獣は左に避けようとするが、巨猿の左腕の爪が、その首元を捕らえた。
抵抗するように吼えた獣を両腕と両脚で羽交い締めにすると、巨猿はその首元に犬歯を突き立てた。
とはいえ、肉を喰らうわけではない。牙によって穿たれた穴から、巨猿は獣の血を吸い始めた。
喉と空腹を満たした巨猿は立ち上がろうとしたが、突然に姿勢を崩した。
〝ぬ――っ!?〟
自らの右腕が肘の前辺りからもげたのを目の当たりにし、巨猿は我が目を疑った。
腕の断面は、酷く変色していた。
他者の血を吸うことで維持されていた身体が、限界に来ている――直感的に異変を悟った巨猿は、憎々しげに空を仰いだ。
〝なぜだ――なぜ、死を克服した我に限界がくるのだ!!〟
大声で吼えたが、なんの返答もない。
巨猿は地面に転がっている右腕を諦め、ふらふらと歩き始めた。傷口から体液が留めも無く流れ落ちているため、先ほどの食事では足りなくなっていた。
次の獲物を――と周囲を見回したとき、巨猿はまるで水に溺れたかのように、口をパクパクと動かしながら、苦悶に喘いでいるワイバーンを見つけた。
よくみれば、ほかにも息絶えた幻獣の姿が見えたが――それらには、巨猿の意識は向かなかった。
巨猿にとって、屍肉を喰らうことに意味は無い。生きた獣の血こそが、身体の維持に必要なものなのだ。
巨猿は痙攣し始めたワイバーンを前に、舌なめずりをした。
〝これは、丁度いい――〟
ワイバーンへと進み出したとき、巨猿の身体から力が抜けた。
足や残った左腕だけでなく、首すらも動かない。辛うじて動く眼で辺りを見回したとき、空に一つの影を見た。
威厳というものを体現したような、ドラゴンの姿だ。
ドラゴンはまだ生きているワイバーンに自らの力を使い、魂を付近にあった鉱石へと封じた。
それを見て、巨猿は理解した。幻獣の世が終わることを。そして、その運命に抗うためにドラゴン――幻獣の王が、魂を鉱石に封じているのだと。
〝魂だけでも存在できれば、まだ復活の可能性はある――あるはずだ!〟
そんな微かな希望を胸に、巨猿は王を待った。
しかし、ドラゴンは巨猿を一瞥しただけで、どこかへと飛び去ってしまった。
〝待て――王よ! 我の魂も救ってくれっ!!〟
巨猿は叫んだが、ドラゴンの姿は徐々に小さくなっていった。
〝なぜだ、王よ! 我は……二度も死ぬのは、厭だっ!!〟
その絶叫が、巨猿に残された最後の行為となった。
身体を構成する細胞が、徐々に死んでいく。体液は止まらず、微かに動いていた心臓も停止した。
身体も、そして残っていた命の残滓すらも消滅するまでに、さほど時間はかからなかった。
二度目の死を迎えた巨猿を、ジッと見ている小さな影があった。
鉱石に封印され、半透明の小さな影としか実態化できなくなった幻獣である。上半身は人の姿に似ていたが、下半身は背びれのある蛇、背中には鷲のような大きな翼がある。そお人に似た頭部には、赤い双眸と額に金色の眼がある。
幻獣の王に封印されたエキドアは、そっと第三の目を閉じた。
〝ノスフェラトゥでも、この死からは逃れられなかったのね〟
未来を視る第三の目は、この滅びを視ていた。
唯一の例外は、あの巨猿――ノスフェラトゥだ。肉体の死を迎えた巨猿は、本来なら魂も輪廻に巡るか、復活のために霊界で一時の安息を得る運命のはずだった。
しかし、なんの因果か身体に残った魂の一部が変質してしまい、まるで生者のように動き出したのだ。
こうなった巨猿を、ほかの幻獣はノスフェラトゥと呼んでいた。
ノスフェラトゥと化した巨猿に対しては、エキドアの第三の目でも未来が視えなくなっていた。
魂が変質したのが原因――と推測していたエキドアは、巨猿だけは滅びの運命から逃れられると考えていた。
しかし、現実は不死と化した巨猿すら、滅びの運命からは逃れられなかった。
エキドアは姿を消して、ただの鉱物となった。
遠い未来、世に蔓延る新しい生物に身を宿す日を心待ちにしながら、深い眠りについた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
出した本人が言うのもなんですが。アンデットって面倒くさいですよね、扱いが。
なにせ、資料によって特製が異なることが多いんです。
特に、噛んだり血をすったら、そのアンデットになる――というところ。
とりあえず、今回は無視することに決めました。
ウォーキングデットみたいに、全部細菌とかウィルスの仕業ってのが、一番楽かもですね。
なにげにエルダースクロールシリーズでも、吸血鬼は吸血病という病気ですし。
呪いとかにしても良いんですけど……攻撃を受ける度にゾンビやら吸血鬼が増えていくっていのは、やり方を間違えると話が破綻しそうな気がして……ちょっと難しいです。
もっと考えてやらねば……っとなって、躊躇してしまします。
だから、アンデットはなるべく出さないようにしています。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回もよろしくお願いします!
応援ありがとうございます!
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