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最終章前編
二章-1
しおりを挟む二章 潜入、そして妨害
1
ゲルドンスさんと別れた俺は、正式な手続きで帰国――せずに、サンドラの街の外にある、塹壕を見物していた。
防衛ラインを構築するためのもの――かもしれないが、所々で折れ曲がりながら、かなりの長さだった。
その塹壕が、国境側から、およそ三本ほど造られていた。国境に一番近い塹壕には、古くなった土嚢と板で防御壁っぽいものが造られていた。
多分だけど、使われなくなってから四、五年は経っている。
近年になり、ブーンティッシュ国と、スコントラード国の軍事的緊張は、かなり収まっていた。
この塹壕が使われなくなったのは、その辺りが原因だろう。
周囲に兵士の姿がないことを確認して、俺は塹壕に近づいた。もう戦闘の形跡は残っておらず、ただ砂埃が積もっているだけだ。
「人は居ないな……ガラン、なにか感じる?」
〝いや……我が感知できる範囲には、幻獣はいないようだ〟
「そっか……幻獣が工作活動をするわけじゃないのかな?」
俺は試しに、国境側の塹壕に入ってみた。滑るように着地すると、砂埃が舞った。口元を袖で覆いながら、俺は国境側を見た。
夏場ではないから、陽炎とかは立ちのぼってない。かなり遠くのほうに、ラントンの街が見える。
最近の銃の射程距離はわからないが、流石にラントンまでは届かないだろう。そんな距離だ。
念のため、周囲を警戒しながら塹壕から出た俺は、サンドラの街へと戻った。目的はただ一つ、暇つぶしだ。
ここの兵士には面通ししたとはいえ、さすがに無許可の国境横断は重罪だ。兵士たちの巡回が減る時間まで、身動きはとれない。
ラントンの街に戻るのは、また真夜中になるだろうなぁ。
俺は街に戻ると、中心部である大通りを訪れた。ここなら、食べる場所にも困らない。
困っているのは、俺が持っているスコントラード国の通貨だ。
「さて……夜までどうしようかな」
周囲を見回していた俺は、慌てて物陰へと隠れた。なぜなら、昨晩ぶちのめした三人組が、少し先を横切っていたので。
顔を腫らし、青アザをつくった三人組は、なにやらブツブツと言いながら、辺りに睨みを利かせていた。
あの姿で……周囲を威圧できる図太さは、素直に評価したいと思う。傍迷惑だけど。
とりあえず、戦争を止めることに注力したし、ほかの揉め事は避けたいところだ。三人組が視界から消えると、俺は大きく息を吐いた。
「あなた……トラストン?」
まだ若い女の声に、俺は腰にある投擲用ナイフに手を添えながら振り返った。
エキドアの可能性もあるから――というのが理由だ。
俺のすぐ横にいたのは、金髪の少女だ。ドレスとまではいかないが、品の良いワンピースを着ている。
年の頃は、俺と同じか少し上……というところだろう。ブルーアイが興味津々といった感じに、俺を見ていた。
「……どちらさまで?」
「あ、そっか。では……お初にお目にかかりますわ。わたくしは、ティカ・カーマインと申します。祖父のゲルドンスの補助をしながら、商売の勉強をしておりますの」
「ああ……っと、ゲルドンスさんのお孫さん?」
「はい。祖父から聞いていた特徴がそっくりで。この街に来てると、先ほど聞いたばかりですの。」
「話を聞いていたって……それだけで、よく俺がトラストンって確信を持てましたね」
「ええ。知り合いの占い師さんが、この辺りに来れば会えるかも――と、教えて下さったんです」
「占い師……?」
俺が怪訝な顔をすると、ティカは吹き出しそうな顔をした。
「スレトンさんの言うとおり! ちょっと捻くれてます?」
「ええっと……最近、そのあたりのことは自省しようと思ってます、けど」
俺の返答に、ティカはまた吹き出した。
ニコニコと微笑みながら、ティカは両手を後ろで組んだ。
「ご紹介さしあげましょうか? その占い師さん」
「いえ、結構ですよ。そういうのには、頼らない生活をしてますので」
「あら。実質剛健――というのかしら。それが、あなたの強さ?」
「別に……強いって自覚はないですけど」
この娘さん、なんなんだろう? やけに人懐っこいというか。ずかずかと入り込んで来る感じだな……。
俺は極めて礼儀正しく、そして失礼のないように頭を下げた。
「失礼、ティカ・カーマインさん。少し用事がありますので、今日はここで」
「あら、残念。カラガンドで起きたこととか、お話を伺いたかったのに」
「それは……その、またの機会に」
俺は逃げるように――というのも変な話だが、ゆっくりとできる場所を探すため、周囲を警戒しながら大通りへと戻ることにした。
トラストンを見送ってから大袈裟に息を吐いたティカは、背後からの足音に首を向けた。
「ティカ、お目当ての人物には会えましたか?」
「スピナル……ええ! ちゃんと、会えました! ちょっと感動です。思っていたよりも若かったのが、ちょっと驚きえしたけど。でも、一緒に会えばよかったのに。どうして、あたしだけでなんておっしゃったんです?」
小首を傾げたティカに、スピナルは穏やかに微笑んだ。
「あなたに同行したのは、お目当ての人に会いたいという、あなたの願いを叶えるため。わたくしの占いは、こうやって未来を視るのです」
「へぇ……でも凄いですよね。正直、半信半疑だったんですけど……本当に当たっちゃうんですから」
「そうでしょう? それに、こちらも色々と解ってきたことだし」
「色々?」
言葉の意味が掴めないティカが首を傾げると、スピナルは「あら」と呟きながら苦笑した。
「ごめんなさい? こちらのことよ。なんていうか……こういう、人捜しは苦手で」
スピナルの返答に、ティカは意外そうな顔をした。しかし、すぐに笑顔になると、胸元に手を添えた。
「そうなんですね! お役に立てて嬉しいです。なんでしたら、また練習に使って下さいね!」
「元気なお嬢さんね。ええ、そのときはよろしくお願いするわ」
スピナルが笑顔で応じると、ティカは満面の笑みで頷いた。
*
サンドラの街で暇を潰すのを諦めた俺は、軍の駐屯地へと赴いた。
ハンム少尉は生憎、留守だった。しかし、今後の話をしたい――という、俺の申し出のお陰か、遅い昼飯にありつけることになった。
「一つ、お尋ねしたいんですが。両軍の銃って、弾に違いはありますか?」
「いいえ? さほど違いはないと思います。もっとも、命中したあとでひしゃげたり、バラバラになったりしますので、銃撃戦のあとで識別をするのは困難ですね」
近くにいた若い兵士は、質問に素直に答えてくれた。
……なるほど。銃を奪う必要はないってことか。
そんなことを考えながら、俺は千切ったパンを頬張った。
半分ほど食事を終えたころ、ハンム少尉が帰ってきた。少尉は俺の顔を見るなり、半歩ほど退いた。
人をGや糞みたいに……。
俺はあくまでも慇懃な態度で、ハンム少尉に告げた。
「見回りの配置って、どうなりました?」
「どうって……特に変えてはおらんが。なぜかね?」
「互いに姿が見える距離で、見回りを配置できませんか? すぐに助けに行けるようにって意味ですけど」
見回りにしては近すぎる……のは確かだ。しかし、軍服を奪いに来た密偵などを警戒するなら、互いに助け合える位置取りは重要だと思う。
「もし俺が工作活動をするなら、見回りをしている兵から制服を奪います。あくまで、スコントラード国から攻撃を受けた――という体で戦争を起こすなら、ですけどね」
さすが軍人だけあって、俺の意図することは理解したようだ。
つまり、スコントラード軍の制服を着たブーンティッシュ軍が、切っ掛けとなる銃撃を行うって意味だけど。
敵味方の識別を外見で行う戦争では、敵国の軍服というのは大きな目印だ。
その中身が工作員がどうかなんて、戦争が始まってしまえば証明できない。とまあ、これは今朝も言ったことだけど。
ハンム少尉が「できるだけ、尽力しよう」と述べたあと、俺は飯を平らげた。
「今晩、俺はブーンティッシュ国に戻ります。こっちのことは、頼みましたよ?」
「わかった。こちらも信用してくれ」
俺に対して、ハンム少尉はあくまでも及び腰だ。
なにかしたっけ――少なくとも、まだ暴言とかは吐いてないつもりだけど。もしかしたら、無意識に言っちゃったとか?
なにかモヤッとした気持ちを抱きながら、俺は夜になるのを待つことになった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
いきなり暑くなり、室温を下げないとPCを付けられない室温に……。室温が32度とか、真夏です。真夏すぎます。
まだ五月なのに。
室温は30度以下にしないと、PCの寿命が……でもエアコンは電気代が……だから、夏は嫌いです。
半分くらいは、八つ当たりですが。
ファンタジーカップ用の『屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです』も宜しくお願いします!
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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