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最終章前編

四章-1

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 四章 嗤う女


   1

 駐屯地からマーカスさんが帰宅したのは、日暮れの前だった。
 夕日が差し込む宿の部屋には、俺とクリス嬢、それにマーカスさんの三人、それにそれぞれが所持している幻獣たちがいた。
 黄金色に染まる家具や壁の照り返しに目を細めながら、俺はマーカスさんからの報告を聞いていた。
 話がストラス将軍からの伝言で終わると、俺は溜息を吐きながら天井を見上げた。


「……なんか、駐屯地へ行く前より、状況が悪くなってません?」


「それは、その……面目ない」


〝ちょっと、トト? マーカスだって将軍が幻獣なんて展開を、想定できるわけないでしょ。そんな言い方はないんじゃない?〟


 マーカスさんの相棒ともいえる幻獣ヴォラの、責めるような声に、俺は姿勢を戻してから肩を竦めてみせた。
 ヴォラの外見は一、二度くらいしか見ていないが、上半身が女性のケンタウロスといった印象だ。ケンタウロスと大きく違うのは、蛇に似たドラゴンの頭部が二本、腰の辺りから生えていることだろう。
 今はマーカスさんの持っている指輪の中にいるから、姿は見えていない。
 俺はもう一度だけ、大きく溜息を吐いた。


「半分くらいは八つ当たりだから、気にしないでくれ」


〝あら。なら、いいわ〟


「いや、ヴォラ……八つ当たりってことにも突っ込んでおくれよ」


 マーカスさんは声は、どこか力が入ってなかった。
 まあ、あれだ。ヴォラは口が悪いというか、辛辣なことをズバズバと言ったりするからなぁ……マーカスさんも苦労をしているんだろう。
 とまあ。俺がそんな感想を抱きながら、マーカスさんとヴォラのやり取りを眺めていると、横にいたクリス嬢が窘めるような顔をした。


「トトも少し、口が悪いですわよ?」


「まさか。俺程度で口が悪いなんて言ったら、世の議員連中なんて、糞しか吐いてませんって」


「また、そんなことを言って……もう」


 口では窘めるようなことを言ってるけど、もう慣れているのか、クリス嬢は苦笑していた。元々は俺と同じ転生者なだけに、普通の貴族と違って、この程度は許容してくれるわけだ。
 でもまあ、こんな雑談で時間を潰すわけにはいかない。
 俺は姿勢を正すと、マーカスさんに質問を投げた。


「それで、その『お話し合い』の時間と場所は?」


「それは……聞いてない」


 露骨に「あっ」という顔をしたマーカスさんに、俺は半目になっていた。
 乱暴に頭を掻きながら、俺は質問を投げた。


「えっと、まさか――これは、あくまでも、仮定の話なんですが。まさか、俺に将軍と約束を取り次げってことじゃないですよね?」


「そこは、やってくれたら助かる、けど……」


 俺が言葉の途中で睨み付けると、マーカスさんの声は徐々に萎んでいった。
 数秒の沈黙のあと、根負けしたようなマーカスさんの溜息が室内に響いた。


「わかった……こっちで擦り合わせをしておくよ」


「ええ、頼みます。あんな化け物と、お気楽に会いたくはないですからね、俺は」


 キマイラを殺した――文字通り、取り憑いていた身体ごと、キマイラを宿した鉱石を粉砕した――力の正体は、まだ分かっていない。
 白紙の地図で船出する――とはこっちの世界の諺だけど、なにも解らぬままで相対したくない。
 なんとかっていう将軍との話し合いは、命懸けになるかもしれないわけで。少々の厄介ごとはマーカスさんでやって欲しい――そう思うのは、俺の我が儘なんだろうか。

 ……とまあ。こんなことを思ったところで、マーカスさんには日時の調整をやってもらうんだけど。

 そうなると、あとの問題は将軍に憑いている幻獣の正体だ。
 俺は竜の指輪を右手に乗せると、ガランに意見を求めた。


「ガランは、キマイラを殺した幻獣の正体ってわかる?」


〝いや――剣なとどいうものは、我らが生きていたころには無かった。剣に力を乗せるなど、残念ながら我は知らぬ〟


「そうか――」


「ティアマトは、なにかわかりまして?」


〝いいえ。残念ながら〟


 ガランやティアマト――水を操るドラゴンの一種らしい――の返答に、すでに手詰まりになったわけだ。
 幻獣については、ガランたちの知識だけが頼りだ。俺やクリス嬢にしたって、前世で知り得た知識――ゲームとか伝承などで得たものだ――はあるが、こちらの幻獣と合致するかまでは、わからない。
 せめて、あの力の正体だけでもわかれば――。
 そう思った矢先、俺の上着のポケットから、機嫌を伺うような、おずおずとした声がした。


〝あの、ですね。俺様も喋って、いいですかねぇ?〟


 ……そういえば、もう一匹いたっけか。
 俺はポケットからブローチを取り出すと、手の中で弄んだ。これには、レヴェラーとうう幻獣が封印されている。印象としては、鼻の短い象といった外見のレヴェラーは、ガランやティアマトたちの持つ、幻獣の力や魔術がないらしい。
 待ってきても意味はないんだけど、店に置きっ放しは、イヤだという。かといって、エイヴやクレストンに預けるのも、彼女たちに申し訳ない気がしていた。
 そんなわけで、『余計なことは、一切喋るな』という条件で、持って来ていたんだ。
 俺はあまり気が進まなかったけど、発言を許した。


「どうぞ? その代わり、余計な自分語りはいらないからな」


〝へ、へい。わかりやした……いや、あの粉砕する力というんですか? あれは……地震のような激しい揺れで粉々にしてるんだと思いやす〟


 俺は先ず、突っ込みどころを探してみたが……振動の強さによっては、可能かな……?
 いやまあ、どうやって人間を石にするんだとか、そういう部分は残るけど……幻獣の力だからなぁ。
 俺はレヴェラーであるブローチを顔の前に持って来ると、目を細めた。


「一つ訊いていいか? どうして、そう思った?」


〝思ったというか……まあ、剣というのはよく知りませんが。激しい振動を発する雄叫びをあげる幻獣とか、相対したことがありやす〟


「どんなヤツだ?」


〝アレは、俺様が旅をしていたころ――南方の森の中で、そいつが襲ってきやして。いきなりの雄叫びに岩が割れ、木々が薙ぎ倒されていきやした。けれど、俺様の身体は頑丈ですから、そんな雄叫び如きでじゃビクともしやしません。
 俺様は、そいつに言ってやったんです。『我はレヴェラー、貴様なんぞの雄叫びで、びびる肝っ玉は持ち合わせてねえ――』ってね。そうしたら、ヤツも俺様の威圧っつーか、これは自分で言うのは恥ずかしいですが、まあ、威厳や気品? そういったものがですね――〟


 気持ちよさそうに喋り続けるレヴェラーを前に、俺の目の端がピクついた。
 ブローチを強く――といっても壊れない程度にだが――握り締めると喉を調整して、俺にできる最大限のドスを利かせた声で、レヴェラーに、至極丁寧に忠告をした。


「てめぇ……余計な自分語りはするなっつーたろうが。こっちは、時間がねぇんだよ。今すぐぶっ壊されたくなきゃあ、要点だけ、簡潔に、手短に話せ」


 これが今の俺にできる、精一杯の『丁寧さ』である。
 そんな俺の誠心誠意が通じた――ということにしておくけど、レヴェラーは自分語りを中断してくれた。


〝すいやせん……つい。ええっと、ストーンカっていう、牛に似た幻獣でして。性格は凶暴で、無差別に襲いかかってくるヤツでした。凄まじい振動を伴う雄叫びが、ヤツの力だと思います〟


 やれば、三行程度に纏められるじゃねえか。最初からやれ、最初から。


「レヴェラー、ありがと。もういいぞ」


〝そうですか……俺様の武勇伝を聞きたいとか、そういうご要望は……〟


 俺が無言でブローチを握り締めると、レヴェラーは〝え、いえ。失礼しやした……〟と言い残して沈黙した。

 ……ブローチからペキッていう、軽い音がしたけど……家に帰ったら修復が必要か、ちょっと調べてみよう。

 それにしても、雄叫び……か。それを剣に乗せる方法があるってことなのか? 俺は大きく息を吐いて気を落ちつかせると、改めてガランへと訊いた。


「ガラン。ストーンカに、心当たりは?」


〝ヤツのことであれば、知っている。レヴェラーが言ったとおりの幻獣だ。だが、剣を使う技は、我にもわからぬ。人の身体を得て、なにか力の使い方を会得したのかもしれぬ〟


「そっか。そこは未知数なのか……」


〝すまぬな、トト〟


「いや、謝ることじゃないよ。ここからは、俺の仕事だからさ」


 とはいえ防ぐ手段とかは、まったく思いつかない。剣に当たらないのは当然のこととして、自分の身を護る手立てくらいは用意したい。
 俺は晩飯を食べに行くまでのあいだ、思考に埋没していった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

本文作成中、「おめーが喋ると、文字数が4000文字近くいきそうだしな」と思った午前五時半。
なんとか3000文字台で収めることができました。

ストーンカはあれですね。女神転生シリーズで大変お世話になりました。主に合体の材料として。
戦力には……。
合体に便利でしたよね!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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